4-4話 財布の中身を空にして
「ところで、カエルって海におるの?」
「は?」
「海ガエルとか、海で生きてるカエルっておるの?」
「おらんやろ。聞いたことないわ」
「ほな、井戸の中以外のカエルも海知らんのとちゃうか?」
「まぁ……せやな」
「やったら、〝井の中の蛙、大海を知らず〟やなくて、〝カエルは海知らん〟でええんとちゃう?」
「まぁ……せやけど」
「それからな、海フナとか海ナマズとかおる?」
「おらんやろ」
「それやったら、〝カエルとフナとナマズは海知らん〟にするべきとちゃうか?」
「待て待て待て! そんなん言うたら川魚以外にも海知らん生き物メッチャおるわ。犬とか猫とか馬とか牛とか」
「せやろか? 海犬と海馬は知らんけど、海猫と海牛は聞いたことあるで」
「海猫と海牛は猫と牛ちゃう! 海猫はカモメみたいな鳥で、海牛はナメクジみたいなヤツや!」
「海猫はカモメで、海牛はナメクジ!? もしかして、海亀は鶴で海ヘビはタコやったりする?」
「喃照耶念! 一緒や! 海亀は亀で海ヘビはヘビや!」
「ややこしいなぁ」
「ややこしないわ!」
「じゃあ、これからは、〝井の中の蛙、大海を知らず〟やなくて、〝カエルとフナとナマズと犬と猫と馬と牛は海知らんけど、カモメとナメクジと亀とヘビは海知っている〟って言うてくれる?」
「ややこしいわ!」
『どうもありがとうございました』
持ち時間をややオーバーした感はあるが、満開ボーイズの二人は笑いと拍手を背にしてステージから捌けた。
「社長、何か言うてた?」
ヨルトンホテルの営業をこなした後、次の現場に移動するため彼らは徒歩で移動していた。
次の現場とは心咲為橋にある笑パブである。北新地からだと歩いて1時間ほどかかるのだが、スケジュール的にはお釣りが出て余りあるほどなので遅刻の心配は全くない。
外灯の照らす四つ橋筋を南に進み、渡辺橋に差し掛かった所で、鉄太は恐る恐る開斗に尋ねた。
実は、ショーが終わった後、開斗は事務所に電話を掛けたいと言われた。行方不明だった鉄太が戻って来てホテルの営業に間に合った件を報告するためだという。
なんと、開斗は金島に鉄太が失踪したと言ってしまったらしいのだ。
恐怖を覚えた鉄太は、開斗を公衆電話前まで案内すると、トイレに行くと言ってその場から離れた。下手にそばにいたら、金島と話せとか言われかねないと思ったからだ。
そんなわけで、トイレから戻ってからずっと鉄太は身構えていたのだが、しかし開斗は何も言ってこなかった。
ホテルを出てから無言で歩き続けること約10分。
沈黙に耐えきれなくなった鉄太は開斗に、金島が自分に何か言っていたかと尋ねたのだ。
しかし、その問いに対して、開斗は一言「別に」と返しただけであった。
絶対しばかれることになると覚悟していただけに、胸をなでおろす鉄太。と同時に違和感を覚えた。
「もしかして、社長に何かいいことでもあったんか?」
「何でや?」
「いや、あの人、基本ヤクザやろ。ワテが失踪したなんて聞いたら借金踏み倒されたと思って怒り狂ってんのやろうなと……」
「そんなことよりテッたん。具合はどうや?」
「あ、あぁ、もう何ともあらへんで」
鉄太はステージ前まで、二日酔いで気分が悪かったのであるが、今ではすっかり回復していた。
「ほな、メシどうする?」
「メシ?」
いつもであれば、耳パンのサンドイッチなどの弁当を持参しているのであるが、今日はドタバタしてたので準備している時間はなかった。
開斗に言われて鉄太は急に腹が減って来た。何しろ今日は朝も昼も食べていないのだ。
当然であるが定食屋に行く選択肢などない。そして我慢しようと思えばできなくもないため、そのことを伝えようとした時、開斗が意外なことを提案してきた。
「テッたん。この先にスーパーがあったやろ? そこで何か買うて靭公園で食べへんか?」
「ええけど、帰るまでガマンできるで」
「ほうか。ならガンバレや。でも、ワイはパンの1つでも買うて腹に入れるつもりや」
「いけずやな。目の前で食われたらガマンできへんわ」
そんなワケでスーパーに立ち寄って見切り品の菓子パンでも買おうとしたのだが、支払いの際に金が全くないということに気が付いた。
思い返せば昨日、久々の酒でハイになった鉄太は、無線機店からの連絡を取次してくれることの礼だと言って、羊山の飲み代を奢り、財布の中身を空にしていたのだ。
事情を話して開斗に借りようとしたのだが、「公衆電話で無線機店に聞けば10円で済んだ話や」とネチネチ説教をされた挙句貸してくれなかった。
怒った鉄太は靭公園に寄ることを拒否したのだが、開斗がパンを半分分けるとの話で取り敢えず手を打つこととなった。
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次回、4-5話 「4つの影が現れた」
つづきは7月28日の日曜日にアップします。