4-2話 時は経ち、彼らの出番が訪れる
「そんなことより着替えとネタ合わせや。もうすぐ時間やろ」
「……せやな」
鉄太はカバンからステージ衣装を取り出す。それは彼らの勝負服である薄ピンク色のスーツである。
相方にスーツを渡し、着替えを始める鉄太。
今回、自分たちに割り当てられたステージの時間は5分である。
着替えながら、どのネタで行こうか考える。
そう言えば、昨日からの携帯電話のやり取りはネタとして使えそうだと思った。
今からネタ合わせをしても十分間に合いそうではある。ただ、どの程度ウケるかは未知数なので、重要な営業先になる可能性のあるココで、そのような博打はどうかと躊躇した。
「宇宙漫才とタンタンメンのどっちがええと思う?」
鉄太は鉄板ネタを提案したが、開斗は承知しなかった。
「ワイらを採用してくれたショー部門の責任者覚えとるか? かなりお笑いに詳しい人やったろ? あの人にマンネリとか思われるんとちゃうか?」
「なるほど」
鉄太は開斗から説明された。お客を笑わせるのは当然として、ショー部門の責任者を笑わせることが、営業の継続に繋がるという事を。
「なら、井の中の蛙でどや?」
これはかなりの新ネタで、場末の笑パブでまだ数回しか披露しておらず、また客受けもよかった。
「よっしゃ。それで行こか」
それから数分すると、机に置かれてあったプッシュホンからコールが鳴る。出番が近いからステージウィングの左側に行けという指示であった。ちなみにステージウィングとは舞台袖のことだそうだ。
「下手から出るんか? 日本とは逆なんやな」
「当たり前や。車でもそうやろ。外車は左にハンドルがついとるんやで」
「さすが、カイちゃんや賢やな」
そんな会話をしながら鉄太は開斗の腕を取って部屋を出てステージの左側に向かったのだがトラブルが起きた。
なんと、日本と欧米で舞台の左右の定義が異なっていた。
日本での左右は舞台から見た方向だが、海外では客席から見た方向なのだ。
そのため慌てて逆側へ走るはめになった。
「まだ気分が悪いんか?」
上手の舞台袖に着いてから開斗が問うてきた。
「大丈夫や」
正直、足元がややおぼつかないのだが問題ない。どうせ舞台に上がれば多少の体調不良などは気にならなくなるのだ。鉄太は歯を食いしばりつつステージを観察する。
ステージの間口は約20m、奥行きはその半分ぐらいだろうか。小さいながらも中割幕も備えられている。しかし、ステージ上にはトビラはないので、登場は舞台袖からである。
鉄太は小声で開斗にそのことを伝える。
ステージでは今、煌びやかな和服を着た演者が和風の音楽に合わせて和傘を次から次に取り出していた。手妻と呼ばれる日本伝統のマジックであった。
ショーとしてまぎれもない一流であろう。ただ、客席があるホールを覗いてみれば、ショーよりも食事に集中している人が多いようである。少し前の正月番組などではさんざん放送されて来たので、日本人があまり興味をもたないのも仕方のないことであろう。
ただ、ちらほらと、外国人と思しき人たちは目に付いた。オーバーなリアクションをしているので非常に分かりやすい。
(ホンマに外人少ないな)
実は、この頃の日本は物価が世界一高いと言われた時代であり訪日外国人数は非常に少なかった。
「カイちゃん。日本人客ばっかやけど一番前に外人さんおるからちょっとやりづらいかもしれへん」
〈満開ボーイズ〉の漫才は客の反応を伺いながらネタを微調整するタイプなので、正常な反応が得られないような客がいると本領が発揮しにくいのだ。
しかし、開斗はその報告を受け流す。
「左様か。無視すればええやろ」
「そら、カイちゃんはええよ。目ぇ見えへんし」
「関係あらへんわ。お前プロやろ。何年やってんのや。目の前に藁部がおった時思い出せ」
「思い出さすな!」
開斗が、以前鉄太が起こした醜態を当てこすって来たので思わず叫んだ。幸いにも手妻のBGMが大音量で流れているので、多少叫んだところで客席に届くことはない。
とは言え、褒められた行為ではなかった。鉄太は開斗の耳元で囁く。
「てか、そんなん言うてんのとちゃうわ。どうやったら外人さん笑わせれるかの相談や」
「無視でええやろ。ワイらは日本人担当として呼ばれとんのや。知らんけど」
いつもならば「さすがカイちゃん賢やな」と褒めるところであるが、先ほど藁部の件を当てこすられたので、鉄太は無言を返答とした。
そうこうする内に時は経ち彼らの出番が訪れる。
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次回、4-3話 「井の中の蛙、大海を知らず」
つづきは7月14日の日曜日にアップします。