4-1話 大体笑気で分かるんや
翌日の夕方。鉄太は開斗とホテルにいた。
もちろん仕事である。以前、売り込みを掛けた北新地にあるヨルトンホテルでディナーショーの営業が決まっていたのだ。
ヨルトンホテルとは世界的に有名な外資系のホテルチェーンである。
高級ブランドのホテルだけあって楽屋は広く空調も効いており快適であった。ギャラも高い上にオホホグループと違い事前にネタの検閲とかしてこない点も好ましい。
ただし、ケータリングはおろか水さえ置いていないのは世知辛かった。
あと、当然ながら畳ではない。
大鏡が張られた壁際に長机が置かれているので、部屋の中央でちょっとした稽古もできる仕様である。
しかし、鉄太は椅子に座り長机に突っ伏していた。一方、開斗は頭の後ろで腕を組んで椅子の背もたれに身を預けている。
二人の間に会話は無く友好的ではない雰囲気が漂っていた。
これからステージに立つ漫才師として褒められた状態ではないのだが、それ以前に鉄太は二日酔いで具合が悪かった。
昨夜、羊山と無線機屋から出て地下鉄に乗る直前、アパートに戻りづらいことを告げると、羊山馴染みの激安バーに誘われ付いて行ってしまった。
基本、鉄太は切断された左腕が痛むので酒は極力控えているのだが、それでも昨日は飲まずにはいられなかった。
質の悪い合成酒で悪酔いした挙句、羊山はおろか店にいた知らない連中の飲み代を奢り、公園で夜を明かした。
目覚めたのはかなり日が高くなってからだ。しかし、左腕の切断部が痛いし気分も悪いし何もする気が起きないので、ひたすらぼーっとベンチに座っていた。
正気に戻ったのは昼近くになってからだ。鉄太はとりあえずアパートに帰ることにした。
なぜか財布の中身はほとんど空になっていたが、幸い定期を持っているので電車に乗り無事帰ることができた。
そして、部屋に入るとすぐ、開斗に今日の仕事をどうするのかと問われた。
普通の笑パブ程度の仕事であれば体調不良を理由に休めないこともないのだが、この仕事に関してはそういうワケにはいかない。一流ホテルなのでギャラが高いのだ。その上、今日が初回である。
オホホグループの仕事を失った満開ボーイズとしては、収入の柱にしたい営業先なので遅刻も論外。そんなわけで、大慌てで鉄太は開斗を伴って市内にとんぼ返りした次第である。
「う~~頭イタ~~」
鉄太は呻きながらカバンから水筒を取り出す。
楽屋に水差しがないことを知ってての対処ではない。借金のある彼らは清涼飲料水を買う金も惜しいので、普段から飲み水を持ち歩いているのだ。
「一体何があったんや」
一息ついた鉄太に開斗が尋ねて来た。
鉄太は移動中、昨夜のことを開斗に語らず、開斗もまたその件には触れてこなかった。
正直なところ、あまり語りたくはないのだが、だからといって隠すほどのことでもないので、昨夜アパートを飛び出してからの顛末を掻い摘んで語った。
開斗が大きなため息を付いた。
「アホか何してんねん。藁部はテッたんのこと心配してずっと探しとったんやぞ」
「知らんわそんなん」
「せめて終電前には戻ってんかい。ワイかてまたテッたんが失踪したんちゃうかって気が気じゃなかったで」
「誰が言うてんねん。言うとくけど、カイちゃんの方が失踪の回数は多いんやで」
鉄太は第7回の大漫の後に1回失踪したが、開斗は第7回のと第10回の大漫の前に2回失踪しているのだ。
「アーホーかーー! ワイのは修行や! 失踪ちゃうわ!」
「同じやん。連絡ぐらいしてもバチ当たらんかったろ」
「しゃーないやろ。アパートに電話ないんやから」
「う~~~~ん……せやな。ワテも昨夜連絡したかったけど、アパートに電話あれへんし、どーにもならんかったんや」
開斗の発した電話というキーワードを聞いた鉄太は話の方向を変化させた。
昨夜連絡したかったというのは全くのウソであるが、相方に電話の必要性を認めさせれば、携帯電話の料金を折半されられるのではないかと思いついたのだ。
「ホンマか? 連絡付けよう思ったら月田が預かっとるポケベルに連絡できたやろ」
「いやいやいや。番号知らんし」
事務所から連絡ツールとしてポケベルが支給されているのだが、金島からの一方的な連絡ツールとしてしか使われていないので、鉄太はポケベルの番号を聞いたとしても憶えていなかった。
「正直な話、電話は目の見えへんカイちゃんにこそ必要とちゃうんか? それによう考えてみ。五寸釘と連絡する場合に一々月田経由したいと思うか?」
「むむむ……まぁ電話は必要かもしれへんな」
鉄太はさりげなさを装いつつ開斗に提案する。
「ワテ、携帯電話契約しよう思ってんけど、もし、契約したら料金折半してくれへんか?」
「オウ……はぁ!? コラ待て。なんで携帯電話なんや。黒電話でええやろ」
「いや……黒電話だとアパートの連中が勝手に使うかもしれへんし……」
「コラコラ。信用でける連中やないけど、今までアパート内で窃盗はおきてへんやろ。それにアパートで一番の借金持ちは多分ワイらやで。あと、携帯電話にこだわるのはあの女の前でカッコつけたいだけやろ」
論破されそうになった鉄太は脳みそをフル回転させ、もっともらしい理由を捻りだす。
「ワテら移動が多いから携帯やないと不便やろ。それに昨夜だってワテが携帯電話持っとったら連絡でけたんや」
「どこの誰にや? アパートに電話あらへんやろが」
「じゃあ、携帯電話、2個買えばええんとちゃうか?」
「アホか。 一体ナンボすんのや?」
「う~~ん……よお覚えてへんけど、あんま高くなかった気ぃするわ」
曖昧に返事をする鉄太であるが、実際、大体の料金は憶えていた。また、その料金が思ったほど高くないと思ったのは本当である。しかし、それは自動車ローンと比べればという話なので、開斗にその理屈が通じるかは分からない。
というか多分通じないと思ったから誤魔化したわけである。
「ウソやろ」
「え!? 何が? 何のこと!?」
「ホンマは携帯電話は高いんやろ。テッたんの思てることは大体笑気で分かるんや」
「ぐぬぬ」
「そんなことより着替えとネタ合わせや。もうすぐ時間やろ」
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次回、4-2話 「時は経ち、彼らの出番が訪れる」
つづきは7月7日の日曜日にアップします。