3-3話 あまつさえ、わざわざ盗聴するなどは
帰り道、でんでんタウンの店々は営業時間が終わりシャッターを降ろしていき、人通りと明かりの少なくなったアーケードを鉄太と羊山は並んで歩く。
「ところでムセンって何です?」
ずっと気になっていた疑問を鉄太が口にすると、羊山は軽くコケた。
「無線も知らんと無線機屋に来たんか?」
「せやからワテはケータイ買いに来た言いいましたやん」
「ま、ええわ。無線と言うのはコレや」
そう言うと、羊山は立ち止まると持っているカバンから長方体の機械を取り出した。
「先生、ケータイ電話持ってたんですか!?」
「携帯電話ちゃうよ。これは無線機。ま、トランシーバーと言うた方が分かりやすいかもしれへんけどな」
羊山が棒状の物体を取り出し長方体の機械に取り付けると、鉄太にも見覚えがあるアンテナが特徴的なフォルムとなった。
「あぁ、トランシーバーですか」
その昔、子供の玩具としてトランシーバーが流行った時期があり、鉄太もプラスチック製のそれをケイドロなどで使った記憶があった。ちなみにケイドロというのは警察チームとドロボウチームに分かれる鬼ごっこの一種である。
羊山が手にしている無線機は金島が持っていた携帯電話より一回り小さいし、メカメカしくてかっこよさげに見えた。また、持ち運べて通信ができるのであれば、携帯電話と無線機の違いが分からない。
「ケータイとムセンって何が違うんです?」
「携帯電話は無線機の親戚みたいなもんや。番号があって1対1でしかしゃべられへんのが携帯電話で、番号がなくてみんなで話せるのが無線機や」
「へーそーなんですかー」
「あと、番号がないから無線機は通話料もかからんし安いで」
「マジですか!?」
さすが、講師だけあって羊山の説明は上手い。知識がない鉄太であったが何となく理解できたような気がした。
そして、みんなで話せて値段が安いのであれば、携帯電話より無線機のがよさげな気がする。
「ケータイ買おかと思ってましたけど、ムセンにした方がええかなぁ」
「今は無線の方がおすすめやで。まず携帯電話はサービスが始まったばっかで基地局少ないから都市から出たら使われへん。それに、携帯電話は金払えば誰でも使えるけど、無線は免許ないと使われへんからカッコええねん」
「えぇ! 免許いるんです!?」
「アマチュア無線の国家資格が必要や。でも安心し。4級やったら小学生でも取れる程度の難易度や」
「そ、そうですか……免許ねぇ……」
鉄太は小学生の頃から勉学にパラメータを割り振っていなかったので、小学生レベルの問題でも解ける気はしなかった。
とたんに食いつきが悪くなった鉄太を見て、羊山は新たな提案をしてきた。
「なら、特小はどや? 特定小電力の無線機なら免許がいらんで」
「それ先に言うてくださいよ」
「でも、通信距離が200mぐらいしかないからな。警備員同士の連絡とか用途は限られるけど」
「2、200m!?」
絶望的な距離の短さである。これでは相手の家に掛けることなどできないと思った時に、あることが気になった。
「ところで先生、無線機から電話機に掛けることって出来るんですか?」
「出来るワケないやろ。無線機と通信できるのは無線機だけや」
その話を聞いて鉄太は大きなため息をついた。
朝戸が無線機を持っているとは思えなかったし、万が一持っていたとしても200m以内でなければ通信できない。大体そんな近くにいるのなら直接話した方が早い。
「何ガッガリしてんねん。無線機には携帯電話にないゴッツイ魅力があるんや」
羊山はそこで言葉を区切ると、鉄太に耳打ちしてきた。
「ええか、無線機はな、盗聴電波拾うことが出来るんや」
「と!?」
常識人かと思っていた彼の口から出た犯罪じみた言葉に鉄太は叫びかけた。
「先生、それアカンヤツのとちゃいますの?」
「アカンことあれへんよ。例え相手に盗聴器渡して電波拾ったとしも犯罪ちゃうねん」
「ホンマですか!?」
「ホンマホンマ。だから盗聴器は店で普通に売っとるよ」
すると羊山は、カバンからイカガワムセンの名前の入った袋を取り出して見せた。どうやら羊山があの店に来たのは盗聴器を買うためだったらしい。
ドン引きする鉄太に羊山は意外なことを言い出した。
「鉄太はん。子供の頃、親からもらったプレゼントにガッカリしたことあるやろ?」
「ええ、まぁ……」
思い返してみれば、ゲーム機とかオモチャとか父から買い与えられることは多々あったが、なんでコレを買ってきた? と思うことが少なからずあった。
「望まれんプレゼントは送った方も貰った方も不幸になるんや。だから下調べが大事やねん」
一理あるかもしれないが、だからといって子供部屋に下調べと称して盗聴器を仕掛ける親の方が子供はもっと不幸になりそうだ。そもそも盗聴器を仕掛けるくらいなら七夕の短冊を見れば済む話であろう。
そのことを指摘しようとしたのだが羊山は止まらない。
「男女の間でも一緒や。私も自分がキャバ嬢に送ったペンダントを日茂はんが身に着けてるの見つけた時、とんでもないショック受けたもんや」
日茂とは同じアパートの1号室の住人のことだ。その告白に鉄太は同情する。
自分に置き換えてみた場合、朝戸に送ったプレゼントを開斗が持っていたらと考えたら発狂しそうである。
「そもそも、盗聴器って言葉のイメージが悪いから犯罪行為と勘違いすんのや。こんなんただの聞き耳や。電子聞き耳器。聞き耳で逮捕されたなんて聞いたことないやろ? だから鉄太はんが姫に送るプレゼントのことで悩んだら相談してや。力になるで」
彼の言う姫とは藁部のことである。
アパートの住人らは自分と彼女を引っ付けようと企んでいるようであるが、鉄太にすれば余計なお世話である。あまつさえ、わざわざ盗聴するなどは罰ゲームを通り越して拷問ですらあろう。
しかし、一転して朝戸の私生活を聞き耳すると妄想した時、得も言われぬワクワク感が湧き上がった。
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次回、4-1話 「大体笑気で分かるんや」
つづきは6月30日の日曜日にアップします。