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笑いの方程式 大漫才ロワイヤル  作者: くろすけ
第三章 無線機店
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3-2話 店員に名前を憶えられるほど

 店の中は音楽とか流れてなく閑散としていた。


 見渡しても客の姿はなく、カウンターの中に、 丸いサングラスをしたロン毛の店員が一人いるだけだ。


 入ったことを後悔したが、店員に「らっしゃせー」と声を掛けられてしまい、ここで帰えるのはさすがに気が引けた。


 しょうがないので腹をくくり、「あのーすみません」と言いながらカウンターに向けて歩きだす。


 20坪はないであろう売り場の棚とかショーケースには怪しげな機械がこれでもかと置かれていた。


「この店、ケータイ電話って売ってます?」

「売ってませんよ」


 店員の答えに、残念と安堵が入り混じったような感情が湧き上がる。


「じゃあ、どっか売ってる店、教えてもらえます?」


「携帯電話売ってる店なんかありませんよ」


「いやいやいや、近所の電気屋に聞いたら、でんでんタウンにならケータイある言うてたで」


「ええ、携帯電話は置いてますよ」


「はぁ?」


 暇つぶしにトンチでも仕掛けられてるのだろうかと思ったが、そうではなかった。


「レンタルなんですよ」


「レ、レ、レンタル!?」


 想定外の単語に驚く鉄太。横文字ではあるがレンタルが何を意味するかは知っていた。レンタルビデオ店は鉄太が中学生の頃から存在していたからだ。


 しかし、それであれば話が早い。


「じゃあ、とりあえず試しに1週間ぐらい貸して欲しいんやけど」


「お客さん。何言うてますの。レンタル言うてもビデオとかとちゃいますよ。普通の固定電話と同じです。保証金や加入料払って、NTTから携帯電話機を借りるんです」


 この時代、電話機の買い取り制度が始まっておらず、基本的に電話機=レンタルであった。


 なんだかよく分からないが、金を払って商品がずっと手元にずっとあるのであれば、購入とレンタルの違いは無いような気がするのだが、そんなことを議論しにきたわけでもない。


 鉄太はイラつく心を鎮めつつ店員に最も知りたいことを尋ねる。


「ところで、その、ケータイ電話はレンタルするとしたら、なんぼするんですか?」


「まいどあり。保証金10万、加入料7万ってとこです。あと、基本使用料が毎月2万ぐらいプラス通話料が1分につき100円かかりますが……ホントに契約します?」


 こちらの風体から支払いを危惧してるのだろうか。店員の態度は客に対するそれではなかった。


 しかし、自分のことは上等の人間と思っていないので、その程度のことでは腹は立たない。


 それに契約料が思ったほど高くなかったことが気分を良くした。普通の電話と比べればはるかに高いのだが、自動車ローンや維持費に比べれば大したことないといえる。


 ただし、財布の中には2万円程度しか入っていない。ただし、その内1万6千円はライブチケットの代金なので、手を付けてよい金ではない。


「ローンってお願いできます?」


 鉄太は店員に分割払いについて尋ねた。


 すると店員は、後ろの引き出しから契約書を取り出して鉄太の前に置くと記入する箇所の説明を始めた。


「ではこちらに住所、氏名、電話番号、口座番号を記入の上、印鑑……」

「ちょちょ、ちょっと待って、待って」


「どうしました? やっぱヤメます?」


「いや、そやなくって、電話番号って書かなあかんの?」

「え? そら、まぁ、そうですけど?」


「電話機買いに来たのに、電話番号書けっておかしない?」

「おかしくはないでしょ」


「ワテ、電話持ってへんのやけど」

「はい? まさか固定電話がないって話です?」


「コテイ電話か何か知らんけど、家に電話なんかあらへんよ」


「じゃあ、携帯買うより、固定……普通の電話を先に契約した方がええんとちゃいます?」


「ケータイ電話があれば普通の電話いらんやろ。2台も電話機あってもしゃーないわ」

「しゃーなくはないでしょ。って言うか、普通の電話持ってないと、携帯電話の契約通らんのとちゃいますか? 知らんけど」


「知らんなら聞いてみてくれへん? 通るかもしれへんやろ?」


「ほな、聞くだけ聞いてみますけど、この時間はもうNTTが閉まってますんで、返事は明日になりますが、よろしいです?」


「かまへんよ」


「じゃあ、連絡先の電話番号教えてもらえます?」

「せやから電話持ってへん言うてるやろ」

「なら、明日また店にこれます?」

「これなくもないけど……」


 鉄太が店員と押し問答みたいなことをしていると、突如後ろから「あれ? 鉄太はんやないですか?」と声を掛けられた。


 驚いて振り返るとそこには、七三分けに眼鏡をしたグレースーツの男が立っていた。


 そして、その男を見た店員が鉄太越しに挨拶をする。


羊山(ようさん)さん。いらっしゃい」

「まいど」


 なんと、店に現れたのは、笑月パレス4号室の住人、羊山貢(ようさんみつぐ)であった。


「めずらしいやないか。鉄太はんがこないなとこ来るなんて」

「あ、いや、まぁ……先生(せんせ)は仕事帰りですか?」

「ま、そんなとこや」


 羊山(ようさん)はアパートで唯一のサラリーマンである。塾講師で元教師であることから、鉄太を含めアパートの住人らは彼を先生と呼ぶ。


 鉄太はアウェーのような場所で四苦八苦していたところに、思わぬ知り合いの到来で心が軽くなった。それに、店員に名前を憶えられるほどの常連であればなおのこと心強い。


「ちょっと、先生、助けて下さい。店の人がワテ電話持ってへんのに電話番号教えろ言うんですよ」

「お客さん、変な言いがかりはヤメて下さいよ」


 鉄太と店員が揉めだすと「まぁまぁまぁ」と羊山が割って入った。


「何や知らんけど、店から伝えて欲しいことあるなら代わりに私が無線で聞いてあげまっせ」

「ホンマですか!?」


「お安い御用や」

「神様や」


 鉄太は右手で義腕の(てのひら)を掴むと自らの顔の位置まで上げ、羊山を拝んだ。

小説家になろうの評価の☆や感想を頂ければ、励みになりますのでよろしくお願いします。


次回、3-3話 「あまつさえ、わざわざ盗聴するなどは」

つづきは6月23日、日曜日の昼13時30分にアップします。

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