3-1話 ワムセンと、いう商品を扱って
大咲花には、やたらと商店街がある。
心咲為橋商店街、笑比寿橋商店街、通天閣本通商店街など、市内だけでも500近くある。そして、日暮れともなれば、それらは幾筋もの光の道で地上絵を作り出す。あたかも神に抗う人の業の刻印のように。
そんな、商店街の一つに日本橋筋商店街がある。名前の由来は道頓堀にかかる日本橋による。もちろん笑戸の日本橋とは別物である。
その道頓堀の日本橋から南に下り、大咲花スタヂアムの東、通天閣の北に位置する1kmほどのアーケード沿いに200近い店舗がひしめいている。なお、電気製品関連の店が多いことから「でんでんタウン」という通称がある。あと、アーケード称していても車道の両脇の歩道が軒で覆われているだけであり、アーチ構造の供廊と歩行者天国的な通路ではない。
そしてその、でんでんタウンに、一人の男が誘蛾灯に誘われた虫のようにフラフラと吸い寄せられていく。
立岩鉄太である。
なぜ鉄太がこんな場所に来たのかというと、携帯電話を買うためである。
アパートから飛び出した鉄太は、戻ることも出来ず途方に暮れたのだが、近所の電気屋前を横切った時に携帯電話を買おうとしていることを思い出し店に入った。
ただ、その電気屋では携帯電話を扱っていなかった。
この時代、携帯ショップなどというものはまだ無かった。ではどこで売っていたのかと言えば無線機屋である。
鉄太は電気屋の主人に、でんでんタウンの無線機を売ってる店に行けばあるだろうと教えられたのだ。
幸いにも鉄太のズボンには財布が入っていたので、定期を使って心咲為橋まで地下鉄でこれた。
もちろん心咲為橋からは歩きであるが、それぐらいは余裕である。
そんなわけで超久しぶりに大咲花一の電気街にやってきた。
基本的に鉄太は電気機器にさほど興味がなく縁の薄い所であるが、それでも昔、何度か親に連れられて来たことがあった。
そして、その時の記憶と比べて随分様変わりしているように思えた。あの頃はオーディオなどの店が多かったはずだが、今ではパソコンやワープロといった謎の機械を売る店が幅を利かせている。
あと、家庭用ゲームを扱う店もだ。
鉄太の幼い頃にもテレビゲームはあった。もの心付いた時には裕福な家庭になっていたので、新しいも物好きの父から色々買い与えられた。ただ、黎明期のそれらは画面上の棒を動かして云々する単調なもので、何が面白いのか理解できなかった。
今でもそうだ。
ゲーム専門店の店頭でシューティングゲームのデモンストレーションが流されてる。画像や音楽は相当進化しているようだが、本質的には棒を動かすのと何ら変わらないように思えた。
(あ~~そーいえば、カイちゃんはこういうの好きやったな)
小学生の頃の開斗は、よく鉄太の家に来てテレビゲームでよく遊んでいたのだ。
開斗への土産話になればと、しばしゲームを眺めていると、「いらっしゃいませー」と店員に声を掛けられた。
普段のメンタルであれば、関西人特有のコミュニケーションで応じる所であるが、今日はダメだ。
あの悍ましい仕打ちに加えて、ここに来るまでの間、昨日のテレビ中継の影響で何度「どえらい変態や」と指を指されたか分からない。HPはとっくにレッドゾーンだ。
鉄太は、店員が近寄ってくる前に足早にゲーム店から離れた。そもそもゲームを買うために来たわけではない。携帯電話を買いに来たのだ。
そして店々の看板を見ながら歩く。
(あれ? 〝むせんき〟ってどんな字やったけ?)
日常的に接する漢字であれば、なんとなく分かるのであるが、さっき聞いた言葉から漢字を類推するのは難易度が高かった。
アーケードを彷徨いながら通行人に尋ねようかと葛藤していたのであるが、一つの看板が目に飛び込んできた。
〈イカガワムセン〉
なんと親切なことに店名がカタカナで表記されていた。
ただ、その店に足を踏み入れるのには、なんとなく抵抗を感じた。
営業中との札が掲げられているものの、店のトビラが閉まっており、おまけにガラスはすりガラス。中の様子がよく分からないのだ。
自分の探している〝むせんき〟と〝ムセン〟は違うかもしれない。もしかして、〝イカガ、ワムセン〟というように区切って読むのが正しくて、ムセンではなくワムセンという商品を扱っている店かもしれない。
鉄太はそのような言い訳を思いつき、店の前を通り過ぎた。
しかし、しばらくして引き返す。もし携帯を売っている店でなかったのなら、売っている店を店員に聞けばいいだけだ。この商店街は1kmもあるのだ。歩いて調べる方が面倒くさい。
イカガワムセンの前まで戻って来た鉄太は、意を決してトビラを開いた。
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次回、3-2話 「店員に名前を憶えられるほど」
つづきは6月16日、日曜日の昼13時30分にアップします。