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笑いの方程式 大漫才ロワイヤル  作者: くろすけ
第二章 来訪者
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2-4話 喜んで、返事をしようと振り返る

「はい、あ~~んして下さい」


 朝戸は割り箸で切り取ったティラミスを開斗に食べさせようとする。


 なせ割り箸かというと、鉄太らはフォークやスプーンなどという洒落た食器を持っていなかったからだ。その代わり割り箸はただで手に入る機会が多いのでストックが大量にある。


 彼女に割り箸を手渡した時、あきれた顔をされなかったのが嬉しかった。しかし、その喜びは目の前の光景で掻き消される。


「自分で食べれるから置いといてくれ」

「ダメですよぉ。開斗さん目が見えないんでしょ? すっごーく柔らかいから落としちゃいますってば」


 ついさっき、麦茶の時に見たようなやりとりが再び繰り広げられていた。


 口に入れたスプーンを噛みしめる鉄太。


 すると「テッたん助けてくれ」と開斗が悲鳴を上げた。


 よし来たとばかりに腰を上げる鉄太だったが、その時、朝戸と目が合った。彼女の顔はまるで能面のように表情がなかった。


「ひ、人の親切は素直に受けるもんやでカイちゃん」


 鉄太は上ずった声で開斗にアドバイスして腰を落とす。


 蒸し暑い部屋で背中を伝う汗。


 鉄太は恐怖を感じた。


 それは彼女の意に添わぬ行動をした時、敵意や恨みを向けられるという(だぐい)ではなく、むしろその逆、彼女の中から自分の存在が無くなるのではないかという恐怖だ。


 どうすることも出来ない鉄太は、思いを寄せる女性が相方に体を密着させんとする様子をただただ見ていた。


 頭がどうかなりそうであった。


 内なる声が鉄太に囁く。別にええんやないかと。


 正味の所、仮に朝戸が開斗に振られたからといって、自分の女になってくれる可能性などあるのだろうか?


 自分を好きでもないような女に入れ込むより自分を好いてくれる女を選んだ方が楽ではないか?


(自分を好いてくれる女?)


 真っ先に、そして唯一思い浮かんだのが藁部(わらべ)だった。


(いやいやいやいや!)


 鉄太は激しくかぶりを振った。藁部(わらべ)はあらゆる意味で絶対避けたい相手であった。まるで、背後に崖がせまっているが、目の前の壁が高すぎて二進(にっち)三進(さっち)も行かない状況である。


「どないしたんやテッたん」


 開斗からの問いかけに我に返る鉄太。


 気が付けば目の前で繰り広げられていた攻防はひと段落したようで、ケーキとスプーンを手にした開斗と、やや()ねたような顔をしている朝戸がいた。


「いや、このケーキ、メッチャうまいなって感動しててん」

「確かにやけど、ワイらのような普段ロクでもないモンしか食うてない貧乏人からしたら何でも美味く感じるけどな」


「イズルちゃんに失礼やろ」


「スマンな朝戸さん。でも事実や。ワイら二人とも貧乏人どころか借金持ちやで」


「ちょちょちょ! 『ワイら二人とも』て、何、勝手に人のこと巻き込んでんねん!」


 口の中のティラミスを吹き出しそうになりながら鉄太はツッコんだ。


  開斗が自分自身を卑下することは一向に構わないが、何もこちらまで(おとし)めることはないだろう。


 しかし、開斗は鉄太の抗議を意に介せず更に続けた。


「ホンマのことやがな。ワイらそれぞれ五百万ぐらい借金抱えてるやろ」


「そらそうやけども……ちょ、待って待って。言うてもカイちゃんのが借金多いやろ。ワテらのギャラ6:4なんやから一緒にせんどいてんか」


「だから五百万ぐらいやて言うてるやろ。細かいねん」

「細かないわ大事なことや。なんで四捨五入するねん」


「〈喃照耶念(なんでやねん)〉。それを言うなら平均や。六を五にして四を五にするなら六五四五や。何や六五四五(ろうごしご)て。老人ホームの電話番号か!」


「いや四五(死後)て、そんな縁起悪い番号使う老人ホームないやろ!」


 四捨五入の誤用を矢継ぎ早にツッコまれた鉄太は屈辱に顔を歪ませながら慣れないながらもツッコミ返した。


 鉄太としては、朝戸に自分の方が稼げる男だとアピールして、且つギャラの取り分が違う理由を尋ねてもらい、漫才のネタは全部自分が考えているからと言ってポイントを稼ぎたかったのだ。


 しかし、学のある所も見せようとうろ覚えの四文字熟語を使ったのは失敗だった。おかげでとんだ赤っ恥を掻かされ(はらわた)が煮えくり返りそうであった。


 ところが、「漫才みた~~い」と朝戸がコロコロと笑ってくれた。おまけに廊下からも笑い声が聞こえる。どうやら九頭たちがドアの向こうで聞き耳を立てていたようだった。


 漫才師が面白いと言われて悪い気分になるはずもない。


 鉄太はたちまち機嫌を取り戻し、開斗と掛け合いのような話を続けて場を大いに盛り上げた。




「やだ~~。もうこんな時間~~」

 朝戸が左手首を返して腕時計を見た後でそう言った。


 彼女が訪れてから二時間以上経っていた。日もすっかり傾いて茜色に染まりつつある。


「マジでか~~」


 鉄太としては体感的にまだ30分程度しか経っていないような気がしてた。


「じゃあ、片付けますね~~」

「ええからええから。お客さんにそんなことさせられへんわ」


 鉄太は朝戸の申し出を断ると手早くコップをお盆に乗せてキンチンスペースに向かった。


 すると「また遊びに来ますね~~」と背中の方から彼女の声がした。


 喜んで返事をしようと振り返ると、その言葉は自分に向けられたものではなく、開斗に投げかけられたものであった。


 ところが、当の開斗は返事をしようとする素振りを見せない。鉄太はヒヤヒヤする。


小説家になろうの評価の☆や感想を頂ければ、励みになりますのでよろしくお願いします。


次回、2-5話 「テッたんが、携帯買うか買わへんか」

つづきは6月2日、日曜日の昼13時30分にアップします。

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