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笑いの方程式 大漫才ロワイヤル  作者: くろすけ
第二章 来訪者
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2-3話 四角いケーキを1つづつ

 鉄太は階段へと走った。


「イズルちゃん!?」

「あ、鉄太さん、こんにちわぁ」


 なんと、朝戸イズルが階段の中ほどまで上ってきているではないか。


 彼女は大きめの眼鏡をかけており、ブラウスにロングスカートといった私服スタイルであった。鉄太は満開ラジオで初めて会った時を思い出し、上ずった声で尋ねる。


「ど、どうしてここに?」

「ちょっと近くを通りかかったから」


 あまり答えになっていないような気もするが、そんなことはどうでもよかった。


「ま、ここじゃなんやし」

「開斗さんいますか?」


 朝戸は鉄太の言葉を遮って開斗の在宅を確かめてきた。


 もし不在なら帰るつもりか?


 まぁそうだろう。むしろ納得であった。鉄太は達観した表情で開斗が部屋にいることを告げる。


 そして、「喫茶店でも行く?」と聞いてみた。正直な話ボロイ部屋を見せたくなかったのだが、彼女は「お気遣いなく」と言いながら階段を上がって来た。


 しかし、朝戸と付き合うことになれば、どのみち避けては通れない。鉄太は腹をくくって自室へ案内しようとする。


 だがその時、彼女の後ろで(うごめ)く2つの影が目に入った。


「コラ~~! お前ら何してんねん!!」


 2つの影とは日茂と醐味。彼らは墓から這い出したゾンビのような低姿勢で階段を上ってきていた。あからさまに朝戸のスカートの中を窺おうとしていた。


 もちろんロングスカートの中身など、どんなにローアングルにしたことろで見えるわけがない。


 朝戸はそんなゲス共に対して「キャ」っと短い悲鳴を上げた後、「や~~ん。えっちぃ」と呟いた。


 2人は魂を抜かれたような顔をしながら階段からずり落ちていった。




「おじゃましま~~す」


 鉄太がドアを開けると、朝戸は楽屋挨拶のように部屋に入った。一方、開斗は事態が把握できないようで「うぉっ! 何や何や!?」と言いながら慌ててサングラスを取り出した。


「へ~~っ。ここで暮らしてるんだぁ」


 朝戸は室内を見渡しながら居間に入った。


「おい、てったん! 誰連れて来たんや?」

「開斗さんヒドーーイ。朝戸イズルで~~す」

「はぁ? テレビか!?」


 どうやら開斗はオーマガTVの撮影だとでも思ったようである。目が見えなければそう思うのも無理はない。


「ちゃうわ。イズルちゃんが遊びにきただけや」

「何でや? ドッキリやろ」

「ドッキリちゃうわ」


 否定した鉄太であったがありえない話ではない。怪しげなモノはないかと室内のチェックをする。


「どうかしたんですか?」

「いや、ちょっと、ちゃぶ台出そうかなって思っててん」

「手伝いましょうか?」

「大丈夫や。イズルちゃんはお客さんやから座ってて」


 そう言いつつちゃぶ台を出そうとする鉄太であったが、あせっていたため、片腕でも普段スムーズにできることが上手くできず、結局、朝戸に手伝ってもらうことになった。


 恐縮しながら鉄太は冷蔵庫から麦茶が入ったガラスのボトルを出す。


 いつも麦茶のパックは3回ぐらい使いまわすので、薄っすい茶色の水道水の場合が多いのだが、幸運にも今日は初回のパックだった。


 来客に対して辛うじて出せるのがこのパック麦茶であった。


 他にペットボトルに飴玉を入れて水で溶かしたジュースもどきや、耳パンを炒めて一味をまぶした柿の種もどきなどあるが、とてもじゃないが彼女の目に触れさせてよいものではない。


 今からでも近所のスーパーに何か買いに行こうかと悩む。


 当然、開斗には行かせられないので、鉄太が行くことになるが、そうなると、開斗と朝戸は2人っきりになる。それは避けたい。


 開斗と2人で行くのは論外だ。


 犯罪者予備軍の巣に彼女1人を待たせることなどできようはずがない。


 いっそのこと3人で喫茶店に行くかと思ったが、軍資金が心もとない。せめて、来ることを事前に連絡でも(く.)れればよかったのにとも思いもしたが、すぐに無理だと気付いた。


 なぜなら自分たちは電話を持っていないのだ。


 まぁ、ポケベルという手段もなくはない。しかし、ポケベルを預けられているのは月田である。彼女と連絡を取り合うのに月田を中継に挟むのは抵抗感がある。


 やはり携帯電話を買うべきだなと鉄太は決心を固めた。


 一方、朝戸は「このボトルかわいいですね」などと言いながら鉄太の出したグラスに麦茶を注いでくれていた。


 その後、一緒に居間に戻り、ちゃぶ台にグラスを置く彼女を見ながら、鉄太は共同作業する夫婦みたいとだと勝手に幸福感に浸っていた。


 しかし朝戸が腰を下ろした時に現実を突きつけられる。


 彼女は開斗に寄り添うように着座したのだ。


「開斗さ~ん。麦茶どーぞ」

「あぁ、ありがとう……いや、大丈夫やて。一人で飲めるから」


 開斗はグラスを握らされ、麦茶を飲ませようとしてくる朝戸に驚いて彼女の手を振りほどこうとする。


 絡み合う彼らの手と手に、鉄太は口角を保ったまま、ちゃぶ台の下で右手を強く握りしめた。


「で、それはそうと、何しに来たんや?」


 麦茶を一口煽り、グラスをちゃぶ台の上に乗せた後、開斗がそう言った。


「たまたま用事で近くを通ったから遊びに来たんですぅ」

「はぁ? 用事てどんな用事やねん」

「この近所においしいケーキ屋さんがあってケーキを買いに来たんですぅ」

「てか、何でワイらの住所知っとんねん」

「ちょっとカイちゃん! 何女の子イジメてんねん!」


 鉄太は堪らず会話に割って入った。尋問口調に眉を曇らせた朝戸を見ていられなかったのだ。


「イジメてへんわ。どう考えても怪しいやろ」

「別にええやん。何が気にいらんねん」


 そう鉄太は問い質したのだが開斗は口を(つぐ)んだ。


 無言の時が流れた。


「あ、よかったらケーキ食べますぅ?」


 手を一つ打ち鳴らすと朝戸は荷物から手提げ箱を取り出しちゃぶ台に置いた。


 小箱の側面にはソリャネーゼと書かれており、鉄太もロケで行ったことがある有名なケーキ屋のものだった。


「いやいやいやアカンて。イズルちゃん。せっかく買ったケーキなんやろ?」

「大丈夫ですよぉ。帰りにまた買えばいいですから~~」


 彼女はそう言うと小箱から小さくて四角いケーキを1つづつ取り出してそれぞれの前に置いて行く。


 ケーキは茶色いココアパウダーと白いマスカルポーネチーズからなるティラミスというケーキであった。


 これまでの甘いだけのショートケーキとは一線を画しており、最近のイタ飯ブームにのって広まったイタリア発祥の大人のケーキである。

小説家になろうの評価の☆や感想を頂ければ、励みになりますのでよろしくお願いします。


次回、2-4話 「喜んで、返事をしようと振り返る」

つづきは5月26日、日曜日の昼13時30分にアップします。

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