2-2話 化け物みたいな女だよ
鉄太は開斗に五寸釘とキスでもしたかと尋ねた。
「ええやろ別に。そんなん聞いてどうするつもりや」
「え~~~~……ウソやろ」
開斗の態度から二人の仲があまり進展していないのを鉄太は察した。
こう言っては何だが、開斗がそれなりに女遊びをしていたのを知っている。そして、女癖が悪いといほどではないが据え膳を食わない男ではないことも知っている。
(ひょっとして、五寸釘がめっちゃブスなことに気ぃ付いたんか?)
開斗の昔の女たちを知っている鉄太からすると五寸釘の容姿は開斗の好みから大きく駆け離れているように思えた。
ただし、今の開斗は目が見えないので誰かに教えてもらわなければ知りえるはずもない情報だ。
一体誰が開斗にいらんことを吹き込んだのか?
自分たちの周りで、そんなデリカシーのないことを平気で口にできるクズ人間は両手の指に収まらないほどいるが、まず考えられるのは……
「カイちゃん。ゴワっさんから何か言われたんか?」
「はぁ? 何の話や?」
「いやだって、前、五寸釘に告るとか言うてたのにぜんぜん告らへんから心変わりしたんかと思ってな」
「別に告るとか言うてへんやろ。……いや、告るつもりではおるけど……」
その発言を聞き胸をなでおろす鉄太。
開斗が五寸釘と引っ付いてくれれば、現在鉄太が担っている目の見えない開斗への介護の負担は激減するし朝戸が開斗に盗られることもない。万々歳である。
「じゃあ、なんでさっさと告らへんねん」
「アイツを幸せにできる自信がない」
(わぁ~~ぉ)
言うまでもないことだが、開斗には今なお500万を超える借金があり尚且つ目が見えないというハンデを抱えている。
彼女のことを大切に想っているだけに軽々しいことが出来ないということか。
「分かったカイちゃん。そういうことならオーマガTV続けてもええし、どんな仕事が来ても断らん」
「何でそうなるんや?」
「何でって、借金が無くなれば告白もしやすなるやろ」
「……まぁせやな。恩に着るでテッたん」
「かまへん、かまへん」
正直な話、煮え湯を飲まされ続けた肥後Dとは関わりあいたくないと思っているが、開斗が五寸釘と交際するのであればそれを我慢する価値がある。
なんだか色々と安心したせいか鉄太は急に腹の減りを覚えた。
立ち上がって冷蔵庫を物色し始めた時、階下より来訪を知らせるチャイムを耳にした。
とりあえず鉄太は冷蔵庫の扉をしめる。
来訪者が丑三つ時シスターズであった場合タダ飯にありつける公算が高い。餌付けされているようで不本意ではあるが彼女らの作る飯は美味いのだ。
しかし、耳をすましていると鉄太の耳に届いたのは「女や~~!!! 女が来た~~~~!!!」という絶叫であった。
しかもそれに続いて「ひゃぁぁぁぁぁ!!!」という叫び声も上がった。
今日の夕方、五寸釘らが来ると開斗は言っていたがまだ3時になっていないのだ。
そもそも彼女らであればあのような悲鳴は上がらない。
あきらかな異常事態。
「ちょっと見て来るわ」
鉄太は開斗にそう言い残すと廊下に出て恐る恐る階段へと向かった。
鉄太が8号室から踏み出したのとほぼ同時に、9号室の住人である九頭も部屋から出て来た。
このアパートの2階には6号室~10号室まであり、空き部屋の7号室以外に人は住んでいるのだが、今の時間帯、6号室の武智と10号室の鳥羽はまず不在なので顔を出さないのは当然だ。
九頭が歩きながら問いかけて来た。
「立岩君。今の聞こえた?」
「ええ、何や女が来たとか叫んでましたけど……」
「ホストの日茂さんが叫ぶとか、どんな化け物みたいな女だよ」
日茂はホストと言っても場末のクラブで働く中年ホストであり、相手にしているのは主に年配の女性と聞いたことがある。女性の容姿に対しては相当耐性があるはずなのだが。
化け物みたいな女!?
九頭の言葉を反芻して鉄太の踏み出した足が止まった。脳裏に浮かんだのは座枡とかいう朝戸イズルのマネージャーだった。
そんなはずはない。
そもそもあの中年女にはここの住所を教えていないはずだと自身の予感を否定しようとしたが、例え住所を教えてないとしても帰り道を尾行されていた可能性だってある。特殊性癖の異常者ならば犯罪じみたことだって平気でやりそうである。
早く逃げるべき。と鉄太は強く思ったがここは二階なのだ。隻腕でデブの自分が飛び降りれば良くて骨折、悪ければ死。
どうしようかとオタオタしていると、
「えぇぇぇぇぇ!!!」
先行していた九頭が、階段の階下の方を指さしながら叫び声を発していた。
ビックリして鉄太は部屋に逃げ込もうと踵を返す。だが一瞬、桃のようなフルーティーな香りを嗅いだ気がした。
ま、まさか!?
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次回、2-3話 四角いケーキを1つづつ
つづきは5月19日、日曜日の昼13時30分にアップします。