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笑いの方程式 大漫才ロワイヤル  作者: くろすけ
第三部「笑いの泥縄式」第一章 打ち上げ
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1-6話 そう言うと、座枡は名刺を取り出して

「どうかしたんですかぁ?」

 朝戸から声を掛けられ、鉄太は我に返った。


「いや、何でもあらへんよ」

「ところで鉄太さん。開斗さんとその人は付き合ってるんですかぁ?」

 

 笑顔でそう聞いてくる彼女なのだが、心なしか目が笑っていない気がする。


 会話の中で五寸釘の名前は出していないが、球場で朝戸と五寸釘は一悶着(ひともんちゃく)起こしていたのだ。開斗が誰と見舞いに行ったか分かってるのだろう。


 朝戸の問いに「はい、その通りです」と答えたいのは山々なのだが、すぐバレる嘘をついても嫌われるだけだ。


「いや、まだ付き合うてへんけどね。時間の問題ちゃうか」

 鉄太は無駄やでという思いを込めて返事をした。


「なら、まだチャンスはありますよねぇ?」


 なんというポジティブ。


 朝戸は芸能界の中でも特に競争の激しいグラビアで生き残っているのだから、すぐ(あきら)めるような性格ではないということか。


「流石イズルちゃんや。恋愛っちゅうモンは奪ってナンボやで!」


 無責任に焚きつける伊地栗。この男、若い頃は相当浮名を流していたので恋愛に関する倫理観はメチャクチャだと言ってよい。


「イージーさんありがとう。ところで鉄太さん。私の味方になってくれますぅ?」

「え、ええよ。いつでも相談乗るよ」


 鉄太は学は無いが空気の読める男であった。この会話の流れを断ち切って自分の想いを彼女に伝えたことろで上手くいかないと冷静な判断ができた。


 それよりも相談者として好感度を上げるように努めた方が得だとも考えた。そもそも、開斗の五寸釘に対する気持ちは鉄板なので、失恋した朝戸を慰めてからの交際とかむしろ可能性を感じた。


 そんな皮算用をしつつ、テーブル端に置いてあったフライドポテトを摘まんだ鉄太だったが、その時に自分から見て斜め右に位置するテーブルで店員と客がなにやら揉めているような光景が目に入った。


 藁部(わらべ)たちだった。


 どうやらテーブルを勝手に移動しようとしていて店員に(とが)められていたようだ。だが、すぐに話がついたらしく、アパート住人らが料理皿を元のテーブルから運んきて置き始めた。

 

 鉄太はフライドポテトを口に入れる直前でポロリと落としてしまった。


「ヤダ、鉄太さん。もう酔っぱらったんですぅ?」

「アホやと思ってたけど自分の口の位置も分からんか?」

「いやいやいや、このポテトまだ生きててん」

「フライドボテトが生きとるワケないやろ!」


 失態をボケでリカバリーし、鉄太は座を盛り上げ朝戸を笑わせることに成功する。藁部(わらべ)からの強い視線を感じるが、見るなら見ろと開き直ることにした。


 他の女に熱を上げている様子を見せつければ諦めてくれるかもしれないと思ったからだ。




 鉄太のシマには朝戸という華がおり、さらに芸人が3人もいるので座は大いに盛り上がっている。


 藁部(わらべ)のテーブルから刺客がちょこちょこと送られ、脇の通路をゆっくりと通り過ぎていくが鉄太は完全無視を決め込んでいる。


「ねぇ、鉄太さん。あそこのテーブルの人たち怪しくないですかぁ?」


 大皿料理が運ばれてきで座の会話が中断した時、朝戸が鉄太に(ささや)いて来た。

 彼女は店員の体を盾にして藁部(わらべ)たちのテーブルを指さした。


 体を寄せられ、彼女から漂う桃のようなフルーティーな香りに鉄太のハートは高鳴った。


 打ち上げ会場にまで押しかけて来た藁部(わらべ)(いきどお)りを感じていた鉄太だったが、このラッキーにほんの少しだけ感謝した。 


 とはいえ、店から消えてもらいたいとの思いは変わらない。


 藁部(わらべ)は鉄太と朝戸を監視できるような位置に座っているのだから、逆に朝戸から藁部(わらべ)が見えるのも当然だ。あのオカッパ頭がずっとこちらの様子を伺っているのであれば気付かれないワケがない。


 全ての事情を知っている鉄太であるが、それを朝戸に教えることは絶対したくなかった。ヘンな誤解をされる可能性が高い。


 なので適当に誤魔化すことにした。


「ワテら芸能人やしな。イズルちゃんのファンちゃうか?」

「そうかなぁ? ファンの人には思えないんだけど……もしかして〝スゴイデー〟とか?」


 この時代、〝スゴイデー〟、〝クラッシュ〟などの写真週刊誌が全盛であった。発行部数を追い求めるあまり非常識かつ違法な取材で社会問題にもなっている。顔の売れている朝戸が気にするのも分からないでもなかった。


 もちろん写真週刊誌なワケがない。


 朝戸の推理を否定しようと思った鉄太だったが、もし根拠を聞かれたら答えようがない。

 なので彼女の勘違いに乗っかることにした。


「イズルちゃん。ワテら熱愛スクープされてまうかもしれへんで」

「ヤダー、鉄太さん。冗談ばっかり~~」


 軽くアプローチしてみたが脈の無い回答に少し傷つく鉄太。

 だがその時、ふとした疑問が湧いた。朝戸と五寸釘は知り合いなのに藁部(わらべ)と朝戸は知り合いではないのかと。


 藁部(わらべ)は極めて特徴的な容姿をしているので、知り合いなら一目で分かるはずである。


 何にせよ二人に面識がないことは良いことであろう。ああ見えて藁部(わらべ)は人見知りな性格なので朝戸に対してネジり込むようなマネはしないはずだ。


 一安心した鉄太だったが、そこへ悪夢が訪れる。


「イズルさん、少しよろしいざますか?」

「どうかしたの?」

「肥後さんが呼んでるざます」

「あら、ありがとう」


 なんということだろうか。これからという所で朝戸が去り、あろうことかマネージャーの座枡(ざます)が鉄太の隣に座ったのである。


 とんでもない約束破りだ。


 鉄太は鬼の形相で肥後Dを睨みつけたのだが、相手は明後日の方角を見ているのでこちらの意思は伝わらなかった。


 そこからは地獄である。


 伊地栗と肉林は体の向きを変えて競馬の話を始め、鉄太の前に座るテレビスタッフも二人で話始めたので、鉄太は孤立無援となった。


 急用を思い出したと言って帰ろうかと一瞬考えたのだが、朝戸が戻って来る可能性もある。

 いや、帰るにせよ肥後Dに直接真意を確認してからにすべきだろう。鉄太がそのようなことを考えていると、座枡がネットリした声で話しかけてきた。


「あら、朝戸がいなくなってガッカリしてるざますか?」

「いや、まぁそんなことは、あるかも……」


「ウフフ。正直な人は好きざますよ。アータ、朝戸を狙ってるざましょう?」

「う~~ん。どちらかと言えば、そうかもしれへんけど……」


 相手の魂胆が良く分からないので、あいまいな言い回しで答える鉄太。


 それはそうと、鉄太は恐怖している。

 さっきからずっと座枡が荒い吐息をしならが両手で鉄太の義腕の手をこねくり回しているのだ。


 当然、鉄太に触られている感覚は皆無なのだが、なんのつもりでそんなことをしているのか理解できずにパニック寸前である。


 助けを求めて視線を彷徨(さまよ)わせるが、打ち上げの参加者は誰も目を合わせてくれない。


「あ、あの~~。それ義腕ですよ」

「実はアタシ義肢にとっても興味があるざます。アータの義腕とっても素敵ね。惚れ惚れするざます」


 すさまじい性癖を打ち明けられて悲鳴が()れそうになる。


「もしよければ、予備の腕、お譲りしますけど……」


 鉄太の義腕はスペシャルな特注品で1つしかなく人に譲るなど考えられないのだが、実は試作品があり(捨てられていなければ)祖父母の家にあるハズなのだ。


 ところがその提案はあえなく却下される。


「体とセットじゃないと興奮しないざます」


 鉄太は魔の手から逃れるため誰か代わりになってくれる人はいないかと必死に考えたが、近しい知り合いに義肢の人などいはしない。


 絶望している鉄太に座枡が妖しく(ささや)く。


「〝将を射るにはまず馬から〟という(ことわざ)を知ってるざますか?」


「う、うまから? (うま)くて(から)いモノをご馳走すればお嬢さんを口説けると言うことでしょうか?」


「ウフフフフ。流石漫才師ざますね。面白い人」

 正解を狙って答えたつもりだが座枡にはボケと受け取られたようだ。しかも無駄に気に入られてしまった。


「あの子をモノにしたかったらマネージャーのアタシに取り入った方が早いと思わない?」


 そう言うと座枡は名刺を取り出して鉄太のスーツのポケットに差し込んできた。思わず顔をそむけた鉄太であったが、その拍子に藁部(わらべ)と目があってしまう。彼女は理解が出来ない物を見るような目をしていた。


「いつでも電話してきていいざますよ」

「は、はぁ」


 全力で断りたいのだが、マネージャーに取り入った方が早いという言葉の裏を返せば、マネージャーに嫌われたら厄介になることを意味しているので、二の足を踏まざる得ない。


 その後、朝戸が鉄太の横に戻って来ることなく打ち上げが続き、生き地獄から解放されアパートに戻ってきた時には深夜0時を回っていた。


 しかも恐ろしいことに酔っぱらってないにもかかわらず、どこをどのように帰って来たのか全く記憶になかった。

小説家になろうの評価の☆や感想を頂ければ、励みになりますのでよろしくお願いします。


次回、第二章 来訪者 2-1話 来訪を知らせるチャイムを耳にした

つづきは5月5日、日曜日の昼13時30分にアップします。

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