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笑いの方程式 大漫才ロワイヤル  作者: くろすけ
第三部「笑いの泥縄式」第一章 打ち上げ
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1-3話 その後すぐ、ホテルへ連れ込むようなこと


「しゃーないなぁ。さっさと行ってこんかい」


 藁部(わらべ)から許可が出た。鉄太は小躍りしたい気持ちでパチンコ屋に入ろうとする。ところがここで計算外の事態が起きる。


 なんと一緒に歩いていたアパート住人5名中3名、新戸(にいと)鷺山(さぎやま)羊山(ようさん)が自分たちもと言い出して付いて来たのだ。


 昔、不良に絡まれた時は、走って店の中に飛び込めば追ってくることはほぼ無かったので逃げ切れたのだが、一緒に付いてこられると逃げるのは難しくなる。


 鉄太はどうすればよいか考えようとするが、電子音と金属音と煙草の煙を充満している空間に思考を邪魔され何も思いつかないまま男子トイレに到着してしまう。


 広く清潔なトイレ空間には、床置きの小便器が6つと個室が5つあった。また、個室は2つ使用中だが、小便器は全部開いているので、鉄太らは並んで用を足し始める。


 ただ、鉄太は隻腕である。皆のように早くできない。

 すると、右隣りの新戸(にいと)風太郎(ふうたろう)が「終わったら手伝いましょか?」と声を掛けて来た。新戸とは笑月パレス2号室の住人で、フリーターの青年である


「大丈夫や。男同士でキモイやろ。終わったら先に店から出てええから」


 鉄太は彼の申し出を断った。そもそも、逃げ出すチャンスを作ろうとワザとゆっくり行っているのだ。


「男がいやなら姫を呼んできましょうか?」

「ヤメロ! 男子便所やぞ」


 彼の言う姫とは藁部(わらべ)のことだ。呼んだからといって来るとも思えないが、冗談であろうと言っていいことと悪いことが有る。


「鉄太はんは姫のことどう思ってますの?」


 そう問いかけて来たのは、左隣にいる七三分けをした眼鏡の男、羊山(ようさん)(みつぐ)だった。

 彼は松月パレス4号室の住人で予備校講師らしい。元は学校の教師だったらしいが何らかの理由で辞めたらしい。年齢的には鉄太より年上で、おそらく三十路は超えているだろう。


「てか、ホンマはもう付き合うてんのとちゃう?」

「付き合うてへんし何とも思ってへんわ」

「ホンマか? さっきも二人で楽し気に乳繰り合うってたやろ」


「先生、目ぇ腐っとんのか?」

「何が不満ですの? お似合いですやん。うらやましい」


 羊山(ようさん)がそう言うと、新戸が「せやせや」と同調した。


 左右から責め立てられ鉄太は声を荒げて反論する。


「うらやましい思うなら、アンタらの誰かが付き合うたればええやろ。逆玉やで逆玉。それにアイツは男なら誰でもええねん」


「何言うとんのや。姫は鉄太はんのことが好きなんや。分からんか?」


「そうです。それに悔しいですけど自分らでは姫と釣り合わんです。もっと自信持ってください」


(マジかコイツら……)


 羊山と新戸の表情を確認するが冗談で言っているようでもない。

 餌を(めぐ)んでもらってるうちに完全に飼いならされてしまったようだ。


「いらんお世話や! 終わったらさっさと出ていかんかい。他のお客さん来たら邪魔やろ!」

 鉄太は怒鳴って彼らをトイレから追い立てた。


 一人となり、ゆっくりと用を足しながら自分に味方がいないことを噛みしめる。彼らが善意で言っているのは分かっている。だとしてもこちらが望んでいないのであれば悪意となんら変わらない。


 たっぷり時間をかけて用を済ませた鉄太は彼らが店から出て行ってくれていることを願ってトイレから出る。


 だが、願い虚しくそこには新戸が待ち構えていた。


「遅かったですね」

「他の人らは?」

 鉄太は敵が一人なら走って振り切れるかもしれないと考える。


「鷺山はんは知らんですけど、先生(せんせ)ならそこですよ」


 新戸が指した先を見れば、羊山が椅子に座ってパチンコ台をじっと見つめていた。

 鉄太は彼のその様子に一つの可能性を見出す。


「先生。打ちたいんでっか?」

「あぁ、いや、釘がええ感じで開いとるからこの台、いけるんちゃうかと思ってな」

「じゃあ、少し打ってきます?」

「いや、時間ないやろ。打ち上げに遅刻してまうわ」


 鉄太は、お前打ち上げ関係ないやろと思いつつ「1時間ぐら余裕ありますから。むしろ時間つぶしに丁度ええんとちゃいます?」と揺さぶりをかけた。


「でもな~~。先立つモンが無くてな~~」


 手ごたえを感じた鉄太はダメ押しの言葉を投げかける。


「千円ぐらいでよければ出しますよ」

「ホンマか!?」

「ええな~~。先生ばっかズルイですやん」

「ええよええよ。君の分も出すよ」

「ホンマっすか!?」

「かまへんかまえん」


 そう言うと鉄太は取り出した財布を台の上に置いて千円ずつ彼らに手渡した。


 このお金は、打ち上げで朝戸と何かありそうな場面用に準備した虎の子の軍資金であるが、コイツらを排除できるのであればむしろ安いと思えた。


 それに、よくよく考えてみれば、例え告白に成功したからといって、その後すぐホテルへ連れ込むようなことは紳士的ではない。


 鉄太は彼らに「じゃあ、他の連中にも声かけてくるわ」と言い放ちその場を離れた。


 もちろん、呼びに行く気などさらさらない。彼らが見えない所で向きを変えるとそのまま、裏通りの出入り口へ直行した。


 ところが、ドアの前にはフードを被った男が立ち塞がっていた。


 鷺山(さぎやま)である。

次回、1-4話 「ショックで立ち直れそうにない」


つづきは4月28日、日曜日の昼12時にアップします。

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