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笑いの方程式 大漫才ロワイヤル  作者: くろすけ
第三部「笑いの泥縄式」第一章 打ち上げ
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1-1話 お見舞いは、明日してもいいはずだ

すみません。構成を練り直していたため2年近く空いてしまいました。

そのため開斗の失明の原因を予定していた第三部ではなく次に持ち越し、前話のエピローグの少女も今回は出ません。第三部はライブ開催までの話となります。よろしくお願いします。

 鉄太は困惑していた。


 開斗が、TV局の打ち上げをキャンセルして島津の見舞いに行こうと言い出したのだ。


 本来、始球式後に満開ラジオのゲリラ収録を外野席で行う予定だったのだが、放送作家の島津が足を滑らせて階段から転げ落ち救急搬送されてしまったため収録は中止になった。


 球場のゲートを出た所で対峙する二人。


 鉄太の(かたわ)らには藁部(わらべ)がおり、開斗の(かたわ)らには五寸釘がいる。そして、取り巻くように松月パレスの住人たち、日茂(ひも)新戸(にいと)鷺山(さぎやま)羊山(ようさん)九頭(くず)がいる。


 ちなみに、鳥羽(とば)武智(むち)はそのまま野球観戦を続けるとのことでここにはいない。また、アイアンズのメンバーたちは、西錠が付き添いとして救急車に同乗し、クンカと他の連中は野球観戦を続けている。


 球場から聞えて来る鳴り物の騒音が思考を掻き乱す中、どうすればよいか考える鉄太。

 もちろん鉄太にだって、島津を心配する気持ちは無いこともない。


 が、だからといって、打ち上げをキャンセルするとか冗談ではない。


 一体自分が何のために、TV中継されている始球式で、ド変態と(さげす)まれてまでパンイチの姿で捕球したと思っているのだ。


 グラビアアイドル朝戸イズルと打ち上げで(ねんご)ろになるためである。

 鉄太は、この打ち上げに人生を掛けているのだ。例え親の葬式でもゴメンなさいしたいレベルなのだ。


「見舞いってどこの病院か分からんやろ」

「119番に電話すれば教えてくれるやろ」


 開斗に対して行きたくない旨を婉曲に言ってみたが伝わらなかった。

 とは言え、引き下がるわけにはいかない。鉄太はもっと共感できそうな言葉で攻めてみる。


「あんな、カイちゃん。打ち上げはタダで飲み食いできるラッキーイベントやんか。それに比べてお見舞い行くなら手ぶらじゃアカンやろ」


 自分たちには切実な財政事情がある。二人合わせて1000万円ほどの借金があり、さらにオホホグループという大口の契約が最近無くなっているのだ。打ち上げは夕食代を浮かせるだけではなく、余った料理をお持ち帰りすることで食費を浮かせられるチャンスなのだ。


 しかし、「おおっ」と、ざわめいて心を動かされたのはボロアパートの貧乏住人たちだけだった。


 肝心の開斗は、深いため息を吐いた後に非難してきた。


「見損なったでテッたん。お世話になった人が救急車で運ばれのに、タダで飲み食いとか……そらないやろ」


「霧崎兄さんのいう通りや」

「最低やな」


 五寸釘と藁部(わらべ)も開斗に同調した。そればかりか、アパートの住人たちも手の平を返すように開斗の方へ移動して白い眼を向けて来る。


 形勢不利。


「いやいやいや、タダで飲み食いってのは洒落(しゃれ)やんか」


 8人からの突き刺すような視線に耐えかねて、愛想笑いしながら言い訳をする自分に歯噛みする思いの鉄太。


 そんなにお見舞いに行きたければ一人で行ってくれと思いながら状況を考える。


 お世話になっているというなら、TVスタッフにだってお世話になっているはずだ。特に開斗は彼らに対して、憧れのフーネ選手との始球式を取り計らってくれた恩義があるはずだ。それに、打ち上げは今日しかダメだが、お見舞いは明日してもいいはずだ。


 悪くない理論武装を整えた鉄太だったが、口を開く寸前で思いとどまる。


 突如、とんでもないアイデアが閃いたのだ。


 鉄太は、こぼれそうになる笑みがバレないようにと、(うつむ)きながら言葉を(つむ)ぐ。


「せやな。カイちゃんの言う通りや。ラジオ局との義理は大事や。でも同じようにテレビ局との義理も大事やろ。ラッキーなことにワテら二人おるし、カイちゃんがラジオ局の義理を果たして、ワテがテレビ局の義理を果たせばええんとちゃうか?」


 相手の主張を受け入れる体で、最大のライバルを排除できる一石二鳥の名案。


 実のところ、鉄太が打ち上げで口説こうとしている朝戸イズルは開斗に気があるようなのだ。打ち上げには開斗がいない方が絶対望ましい。


「コイツ、メッチャ(わろ)うとるで」

 下から(のぞ)き込んできた藁部(わらべ)が皆にチクった。


「なんや、自分だけタダ飯ありつこうとしとんのか?」

 五寸釘の指摘を耳にするとアパート住人たちのブーイングが巻き起こった。


「お前ら関係ないやろ!」


 鉄太は部外者たちを怒鳴りつけた。そしてその時、開斗が口を開いた。


「まぁ、ええわ。テッたんは打ち上げ行ったらええわ。見舞いにはワイが行く」

「マジで!?」


 幸いなことに開斗がこちらの思惑に乗ってくれた。胸をなでおろす鉄太だったが、納得いかなかったのか五寸釘が飛んでもないことを言い出して来た。


「ジャンケンで決めた方がええんとちゃうの?」

喃照耶念(なんでやねん)!」


 鉄太は魂からのツッコミを発した。見舞いに行きたいと言い出したのが開斗なのに、ジャンケンの結果、開斗が打ち上げに行って自分がお見舞いに行くことになったらここにいる全ての人間を一生恨んで生きていくことになるだろう。


「誰が何と言おうとワテは絶対打ち上げに行く!」


 不退転の決意表明をする鉄太。するとまたしてもブーイングが湧き上がった。しかし、それを開斗が制する。


次回、1-2話 「怒りながらエルボーを」


つづきは4月12日、日曜日の昼12時にアップします。

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