20-12話 マウンドの、開斗に向かって歩き出し
カウントはツーストライク、ツーボール。
ボールが先行して、一時はどうなるかと思ったが、その後、持ち直して当初の目論見通りに事が進んでいる。
形としてはフーネを追い込んでおり、後1球の余裕があるように見えるが、必ずしもそうではない。
開斗は笑気しか見えない。鉄太が笑気を張ることによってどこに投げればよいかは分かるのだが、自分の投げたボールが何処に行ったのかは鉄太のリアクションから推測するしかない。
故に今までの練習のほとんどは、いかにストライクゾーンに入れるかに費やされていた。
カーブやシュートのような変化球はおろか、内外のコーナーを狙ったりすることすら練習していないのだ。
なので、次のチェンジアップが決まらなければ、ストレートで勝負するしかなくなり、ほぼ負けが確定してしまう。
マウンド上で開斗は再び半身に構えた。
そして、一呼吸、二呼吸。
今、彼は何を思っているのだろう?
高校で野球を捨てたことに対する未練だろうか?
それとも、もうすぐ勝負が終わってしまう事への名残惜しさからだろうか?
鉄太は鉄太でこれまでの様々な苦行が脳裏をよぎっていた。
初めて体で補球させられた時のこと。
テレビで変態に仕立て上げられたこと。
子供たちに石をなげられたこと。
変態老人や島津や師匠たちと変態チームを創設したこと。
何一つとしてロクな思い出は無かったが、それでも終わるとなれば妙な寂しさが湧いてくる。
今だボールは投げられず、すでに数十分が経過したような錯覚に陥るがそんなはずはない。まるで漫才の舞台上に上がった時のように時間の感覚が引き延ばされているのだ。
そんな鉄太の妄執を切り裂くかのように、開斗は左足をスライドさせ素早く右腕を振りぬいた。
すると、バッターボックスの中で、スパイクが土を蹴った。フーネがクイックモーションのタイミングでバッティングに入ったのだ。
だが、開斗の投げたのは先ほどの速球ではなくチェンジアップのスローボールだ。
完璧にタイミングをずらせた。
はずだった。
フーネの全身から気が迸った。
その刹那、物理法則とか運動エネルギーとかを無視するかのように、バットのスイングが世界の時間の流れから隔絶したように止まった。
そしてスローボールのタイミングに合わせて、フーネのバットは、まるで停められた時間の帳尻を埋め戻すかのような速度で振りぬかれた。
真芯でとらえられたボールは一直線にライトスタンドへ吸い込まれていった。
大咲花スタヂアムの急勾配のスタンドは、打球音を銃撃音のようにグランドへ反射する。
それを耳にした開斗は体を撃ち抜かれたように膝から崩れていった。
湧き上がる大歓声。
勝負は決した。
フーネは高らかにバットを掲げ振り回し、スタンドからの歓声に全身で喜びを伝えていた。実に外人らしいオーバーリアクションである。
その光景を見ながら鉄太は、フーネがボールを打つ直前に発した気について考える。
恐らくアレが開斗の言っていた〝笑気と似たようなもん〟なのだろう。
楽しい気分にさせる笑気と異なり、闘争本能を刺激するようなものだった。言うなれば闘気であろうか。
(ええ勉強させてもろたな)
鉄太はマウンドの開斗に向かって歩き出した。
ちょうどその頃、カメラのフラッシュを使ったことに対するお説教から解放されてスタンドに戻って来た藁部は、すっぽ抜けたようなボールを打って大はしゃぎしている外人選手を見て理解に苦しんでいた。
エピローグ
インタビューを終えた鉄太と開斗は満開ラジオのゲリラ収録のためにライト側の外野席に向かったのだが、意外なことが起こっていた。
なんと、島津が怪我をして、救急車で搬送されたため、ラジオスタッフから収録中止と告げられたのだ。
スタッフの話によると、欣鉄の私設応援団のサンバダンサーのようなコスプレがあまりに強烈すぎて、自分たちが全く目立っていないことに焦った島津は、応援団のいない内野側に移動しようとした時に階段から足を踏み外したとのことである。
命に別状はないらしいが、自業自得であろう。
あの男には散々迷惑を掛けられていたので、鉄太の心には特に同情も湧いてこなかった。
ただ、島津の見舞いに行こうと主張する開斗と、打ち上げパーティーに行こうと主張する鉄太で、意見が食い違い揉めることとなった。
さて、開斗とフーネの始球式での勝負は、思わぬ余波を生むことになる。
この時のテレビ中継が、ヘロヘロボールを打って大喜びするメジャーリーガーとパンツ一丁のキャッチャーというヘンテコ映像として世界中のテレビ局に配信されたのだ。
そしてその映像は遠くエジプトのある少女の目にも入った。
その少女は、テニスコートほどある部屋の中、キングサイズのベットの上でウサギの縫いぐるみの頭を抱き抱えながらテレビを見ていた。
グリーンの瞳に二重まぶた。鼻筋は高く肌は日に焼けていない。また、腰まで届く髪の毛はトウモロコシの粒のように細かく編み込まれているが、手入れが行き届いているため艶めいている。
彼女は微笑みを浮かべながら呟いた。
「ハサルトアーレイカ」
キングサイズのベットの脇には縫いぐるみの胴体が横たわっていた。
第二部最終回です。
当初はライブまで書くつもりでしたが、分量が多くなってしまったので第3部に回します。
ここまで読んで頂いて本当にありがとうございました。
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ちょっと仕事が忙しくなってきて第三部の掲載開始は1年後ぐらい後になるかもしれませんが
よろしくお願いいたします。
短編の漫才ネタ1本書きました。
ご覧になっていただければありがたいです。
ウルトラ怪談
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