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笑いの方程式 大漫才ロワイヤル  作者: くろすけ
第二十章 始球式
163/228

20-11話 チェンジアップで勝負する

「ターーイム!!」


 ボールボーイが次球を開斗に渡そうとする所で、フーネがアンパイアにタイムを申告し、始球式は中断された。


 鉄太は怪訝(けげん)に感じた。


 勝負的にフーネが待ったをかけるタイミングではない。もしかして靴紐(くつひも)でも(ほど)けたのかと思い彼のスパイクを見たが、しっかりと(むす)ばれている。


「ヘイ、ボーイ」

「ぼ、ぼーい!?」


 意表外の呼びかけに驚いて、顔を上げるとフーネが開斗に向かって親指で指しており、そして、「彼にメッセージ伝えてくれ」と言ってきた。


 なんと、フーネは開斗のためにタイムを取ってくれたのだ。


 強者の余裕か?


 いや、観客を楽しませたいと思うエンターテイナーとしての心意気だろう。


(さすが、大リーガーやな)


伝言を預かった鉄太は、開斗のいるマウンドに向かった。



「何しに来たんや」


 マウンドまで足を運んだ鉄太に、開斗は余計なお世話と言わんばかりの口を利いた。


「何しに来たはないやろ。一体どないしたんや?」


 鉄太に問われ、開斗は口を2度、開いたり閉じたりした後、意を決したように話し始めた。


「……フーネがな……でっか見えるんや」


「は!?」


 話によるとフーネのオーラが見える開斗には、それがプレッシャーになっているらしい。


 そう言えば、今まで誰かが打席に立った状態での投球練習などしてこなかった。月田にでも協力してもらえばよかったと後悔したが、後の祭りである。


 それに、そんな後悔することよりも伝えねばならないことがある。鉄太は(おのれ)の使命を思い出した。


「あんな、カイちゃん。ワテがここに来たんは、フーネから伝言を頼まれたからや」


「何やて!?」


「フーネはな、『私は、もうすぐ引退する。ケガしても年棒は関係ない。だからぶつけるつもりで投げてきなさい』って言ったんや」


 その言葉を聞いて開斗は打席のフーネを見た。


「テッたん……フーネ選手に、おおきにって言うといてくれ」


「そんなん後で自分で言えばええやろ」

「せやな」


「あ、一つ教えといたるわ。フーネの息、メッチャ臭いで。気ぃつけや」

「フーネ選手に謝れ」



 吹き出した開斗を背して鉄太はキャッチャーボックスに戻った。アンパイアは「プレイ」と試合再開を宣言し、スタンドに静けさが戻った。


 三度(みたび)、ワインドアップをする開斗。


 そして、第三球を投げた。


 ムチのようにしなった右腕から放たれた白球は、一直線に内角へと入り、鉄太の左わき腹をえぐった。


「ストライーーク!」


 アンパイアは右の(こぶし)を高らかに付き上げた。スタンドから歓声と拍手が上がった。


 今の一投はこれまで受けた中で一番速かったかもしれない。


 鉄太は、のたうち回りたい衝動を歯を食いしばり耐える。朝戸が見ているのだ。無様な姿は(さら)せない。


 当たった所を見てれば、あたかも焼き印されたかの如くボールの縫い目が脇腹に刻まれている。

 

「Oh! クレージー」


 見上げると、フーネが可哀そうな物を見るような目をして肩をすくめていた。


(ホンマその通りやで)


 鉄太は彼の感想に同意する。侮蔑されいるわけだが別に怒りは湧いてこない。むしろ指を指して笑っているスタンドの観客らが異常なのだ。


 これの一体何が面白いんだと思いながら鉄太は目の前に転がっていたボールを取って脇に放った。


 マウンドでは、ボールボーイからボールを受け取った開斗は1球目と異なり、体の正面を3塁側に向けた半身(はんみ)の姿勢となった。


(アレ、やるつもりやな)


 鉄太は腰を落として笑気を張った。


 すると開斗はワインドアップをせずに、スライドするように左足を広げたと思ったら素早く右腕を振りぬいた。


「ストライーーク!」


 スタンドがどよめいた。


 それは、クイックモーションと呼ばれ、本来は盗塁を防ぐために用いられる投球法である。


 開斗はフーネの意表を突くために、走者がいないにも掛からわず用いた。


 夜の公園で、チェンジアップの練習の後に、開斗がもう一つ試したいことと言っていたのがコレである。


 開斗(いわ)く。「自分の速球は120km/s程度しかあらへんから、チェンジアップ投げたとしても、プロ相手にはまず通用せん。せやから、クイックモーション使(つこ)うて、体感的な球速、誤魔化した後にチェンジアップで勝負や」


 鉄太は、その作戦を聞いて卑怯(ひきょう)っぽいと感想を述べた。


 開斗はプロ野球選手相手に真っ向勝負を挑む方が失礼だと言い返して来た。


 一理ある。


 とは言え、やられた側がどう思うのかは分からない。


 鉄太は恐る恐るフーネを様子を(うかが)ってみると、彼の口元に笑みが浮かんでいた。


 下から仰ぎ見ているので、どのような感情が含まれているのかまでは読み取れない。


 ただ、空気が変わった。


 フーネがバットを構えた時、彼の体から何かしらの力が漏れ出て来るのを鉄太は感じ取った。

次回、第二部最終話 

20-12話 「マウンドの、開斗に向かって歩き出し」

つづきは4月30日、土曜日の昼12時にアップします。

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