表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
笑いの方程式 大漫才ロワイヤル  作者: くろすけ
第二十章 始球式
161/228

20-9話 返事せず、笑みを浮かべお辞儀だけ

「それでは霧崎さん、勝負の意気込みをお願いしま~~す」


 朝戸のインタビューに、開斗は一礼をしてから語りだした。


「今日は自分のために、こないな舞台用意してくれて、関係者の皆さん、見に来てくれた皆さん、ホンマありがとうございます。そしてフーネ選手に失礼のないように全力で(いど)ませてもらいます」


 熱い言葉に球場がワッと盛り上がった。


 歓声が収まるのを待ってからマイクを向けられた鉄太は、


「ワテも失礼のないように精一杯頑張ります」


 と、基本的なボケで返したのだが、スタンドからは。ちらほらと失笑が湧く程度だった。


〝パンツ一丁は失礼やろ!〟とか的確なツッコミが入ればドッカンと笑いが起きたところだが、目の見えない開斗がそんなツッコミを出来るはずもないし、してはいけない。


 それに、それはスタジオの肉林か伊地栗(いじくり)にまかせればよいことである。


 今日の開斗の役割は、野球青年であって漫才師ではないのだ。


 朝戸によるインタビューの撮影が終わると、続けて投球練習撮影の段取りに進む。


 開斗をブルペンマウンドの上に送り届けた後、声を掛けられる。


「テッたん。頼むで」

「分かった」


 鉄太は力強く返事した。


 嫌で嫌でしょうがなかった変態的なキャッチングだが、例え世界中の人間から(わら)われようとも、朝戸一人が理解してくれるのであれば、ド変態の汚名を甘んじて受け入れる覚悟が出来た。


 鉄太は、ブルペンのキャッチャーボックスに入ると、いつものように相撲取りが四股を踏む時のように足を開いて中腰の姿勢をとる。


 そして、義腕は垂れたままにして、ミットを持った右手を頭の上にのせた。


 その珍妙なスタイルは、スタンドの観客や見物に出ていた選手らを大笑いさせる。


 ブルペンマウンドの後ろから撮影しているテレビスタッフらからも笑いを堪えている様子が(うかが)える。


 だが、いくら嘲笑を浴びたとて、鉄太の心に波風が立つことはなかった。


 ブルペンマウンド上の開斗は、滑り止めのロージンバックを足元に置き、ボールボーイから球を受け取っていた。


 鉄太は笑気を張ることで準備完了を伝える。


 すると、ほどなくして、開斗は両手を高くあげるワインドアップからの第一球を投げた。


 ストレートど真ん中のその球を鉄太はヘソの辺りで受け止めた。


 スタンドからは歓声があがった。


 盲目のピッチャーのコントロールに対してか。はたまた素肌で速球を受け止めた自分に対してか。


 どちらでも関係ない。


 鉄太は受け止めたボールをそのままに再び笑気で合図を送った。


 開斗は次球をボールボーイから受け取り、セットポジションを取る。


 相方が振りかぶるのを見ながら考える。豆球(まめきゅう)とは我ながらよく言ったものである。今の自分は、腹の部分に的を描かれた節分の鬼の書割(かきわり)そのものではないかと。


 開斗が2球投げたところで、テレビスタッフらは撤収を始めた。次はフーネ選手のインタビューを撮る段取りなのだ。


 だが、ブルペンでの投球は開斗は肩を暖めるのが目的なので、撮影が終わったからといって鉄太の役割は終わらない。


 なので、この後さらに10球ほど付き合わされた。




 さて、ブルペンでの投球練習を終えると、鉄太は急いで開斗の元に向かった。


 プルペンマウンドは、ダイアモンドのマウンドと違い、スペースの都合上、左右がカットされ、カマボコのような形状をしている。


 目の見えない開斗にとって安全とはいいがたい場所である。


 足を踏み外しても死ぬような高さではないが、足を(くじ)く可能性は高い。


 そうなれば、始球式は中止か、ヘロヘロ球を1球投げてお茶を濁す形になるかもしれない。


 裸でキャッチングしたくない鉄太にとっては好都合と思える展開だが、芸人として自分たちを見に来てくれたお客をガッカリさせることなど出来ない。


 鉄太は開斗に腕を取らせてブルペンマウンドから降りると、打ち合わせで指定された待機位置である1塁側のコーチャーズボックスに向かう。


 コーチャーズボックスとは、紅茶を入れる箱ではない。走者や打者にコーチが指示をするための場所である。


 試合が始まる前なので、当然コーチはいない。


 スコアボード上の四角い大時計を見れば、時刻は17時20分をやや過ぎたところである。


 あと7、8分もすればいよいよ本番であるが、それまで若干、手持無沙汰(てもちぶさた)になった感がある。


「おーーーーい。霧崎どーーん、立岩どーーん」


 突然の呼びかけにスタンドを仰ぎ見る。


 するとそこには案の定、いがぐり頭の巨漢がおり、こちらに手を振っていた。


 正直、あんまり相手にしたくないので、返事せず、笑みを浮かべお辞儀だけした。


 すると島津は、左手の平をメガホンのように使い、右手で外野席の指さすと、さらに呼び掛けて来た。


「始球式が終わったらーー、ライト側のーー外野席にーー、来るの忘れないで欲しいでごわすーー!!」


 鉄太は、差された指先の延長線をたどると(はる)か先に、ピンクシャツの一団が陣取っているのがなんとなく視認できた。


 どうやらただの業務連絡のようだ。


 始球式後は満開ラジオのゲリラ収録を行う予定である。もちろん収録場所は事前に打ち合わせで聞いていたのだが、何のつもりか念押しに来たようだ。


 こちらのことをアホだと思っているのだろうか? 多分そうだろう。


「ごわっさーーん。分かりましたーー」


 鉄太が大声で返事をすると、彼は満足したようで、外野席の方に移動を始めた。

次回、20-10話 「マウンドで、投球練習しなかった」

つづきは4月23日、土曜日の昼12時にアップします。

小説家になろうの評価の☆や感想を頂ければ、励みになりますのでよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[気になる点] コーチャーズボックスとは? 紅茶を入れる箱ではない。 ほほ〜なるほど違うのですね。そうなるとティチャーズボックス場合はお茶を淹れてくれる先生が入っているのですね?。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ