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笑いの方程式 大漫才ロワイヤル  作者: くろすけ
第二十章 始球式
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20-8話 チンパンジーを想起させ

 近づいてくる朝戸らに向かって堂々と手を大きく振る鉄太。


 今の自分はブリーフ一丁にキャッチャーマスク、あまつさえ義腕をさらしており、とても正視に耐えうる姿でないことは重々承知している。


 だが、道化の姿の者が変に恥ずかしがると場がシラけてしまうことは、芸人になる前から知っていることである。


 それに、もし、これから朝戸と付き合うことがあるのならば、裸体をさらすこともあるだろう。


 予行演習と考えればなんということもないのだ。


 とは言え、いくらこちらが堂々としても、白けた空気にならなかったとしても、朝戸がこの姿にドン引きしないという保証はない。


 彼女は年頃の女性なのだ。ヨゴレの女芸人ではないのだ。


 だが、その心配は杞憂(きゆう)であった。朝戸は笑顔を絶やすことなく歩いて来た。


 (あざけ)りながら写真を取って来るクソガキとは雲泥の差である。


 そして彼女は二人の手前まで来ると、「ヨロシクお願いしま~~す」と、スタンドにも届くような大きな声で挨拶をし、深々とお辞儀をした。


 カメラが回っていないにも関わらず、このようなことを当たり前のように行うとは、やはり、いい子としか言いようがない。


「こちらこそよろしくお願いします」


 鉄太も負けじと前屈のようにお辞儀をした。しかし、開斗は頭も下げずに「よろしゅうな」と返事をしただけであった。


 いくら目が見えていないからといってこれはよろしくない。朝戸もいい気分はしないであろうと思った。


 ところが、彼女は開斗のそばに歩み寄る。


「服、乱れてますよ~~」


 そう言うと、はみ出し気味になっていた上着の(すそ)を直し始めた。


「お、おう、すまんな」


 さしもの開斗もドギマギしている様子が見て取れた。


 朝戸は服を直し終えても、「今日、暑いですね~~」などと話しかけてその場から離れる様子がない。


 指を(くわ)えるように見ている鉄太は、(うらや)ましいを通り越して(ねた)ましい気持ちで一杯である。自分が履いているのはブリーフのみ。


 仮にブリーフの(すそ)が乱れていたとしても、彼女がそれを直しに来てくれることはありえない。


 なぜ、開斗の服装をきちんと整えておかなかったのか。鉄太は(ほぞ)を噛む思いである。


 ただ、(ねた)ましく思っているのは鉄太一人だけではなかった。


「コラーー! ズル子~~! 引っ付きすぎや! もっと離れんかい!」


 スタンドからメガホンでヤジを飛ばしてきたのは五寸釘だった。


 叫びながら金網を叩くその姿は、さながら動物園のチンパンジーを想起させ、百年の恋とて冷めそうなほどだ。開斗の目が見えなくて本当に良かったと思う鉄太。


 それと、彼女の言動は逆効果と言わざるをえない。朝戸は開斗にしがみつくようにして、「きゃ~~。こわ~~い」と言いながら(おび)える素振りをする。


 球場の入り口前で行われたような鞘当ての第二ラウンドが始まったかに思えた。


 しかし、そうはならなかった。


「はい、もうすぐ本番入りまーーーーす」


 AD増子が低めの声で、放送間近であることを周囲に伝えると、朝戸は五寸釘を相手にするのをやめカメラの方を向く。すると、メイクとスタイリストらが朝戸へと駆け寄り彼らの仕事をこなし始める。


(あれ? もしかして、イズルちゃん、あのADと、あんまり仲良(なかよ)ぉないんかな?)


 鉄太がそう思った理由は朝戸がAD増子に何も返事をしなかったからだ。彼女の八方美人的な性格からすれば違和感を感じる。


 しかし、少し考えてみれば、朝戸は五寸釘とも良好な関係ではなかった。やはり、男受けの良い女子は、同性から好かれにくという話は本当のようだ。


 ましてや、AD増子の(多分)不倫相手である肥後Dは、いまだに朝戸を狙っている節があるのだから、AD増子が朝戸を敵認定していても不思議ではない。


 可哀そうすぎるではないか。(恐らく)権力を笠に一方的に関係を迫られているだけなのに。


 何かあったら、自分が朝戸を守ってあげねばならぬと鉄太は決意を固めた。


「そこのアンタ。朝戸さんの左に立って下さい」


(あ、あんた!?)


 曖昧(あいまい)な代名詞に、鉄太がショートボブのADを見ると、彼女はこちらを指さしていた。


(演者の名前覚えてへんのか?)


 指示に従いつつ、現場を仕切っているのが女の敵の赤ブチ眼鏡ではなく、AD増子だということに、鉄太は疑問を(つぶや)いた。


「肥後Dはどこに行ったんや?」


「肥後さんならスタジオに帰りましたよ~~」


「え!? そうなん? ありがとうイズルちゃん」


 ただの独り言なのに、にこやかに答えてくれた朝戸に対して、鉄太は〝コレいけるんちゃうか〟という気持ちが芽生えた。


 その時、


「本番10(とう)秒前、8、7、6」


 AD増子が、イヤホンを左手で押さえながら、カウントダウンを始めた。


 鉄太、朝戸、開斗の3人は姿勢を正す。


「5、4、3……」


 5秒前から広げた右手の指を一本ずつ折り始め、3でカウントからは無言になった。


 そして、カウントゼロになったタイミングで、朝戸がカメラに向かって元気よく手を振り始めた。


「は~~い。こちら、大咲花(おおさか)スタヂアムの朝戸で~~す」


「今日はぁ、始球式で〈満開ボーイズ〉のお二人とフーネ選手の対決を、生放送でお送りいたしま~~す」


「はい、ご覧下さ~~い。球場はぁ、この対決を見たいと押しかけた観客のみなさんで超満員で~~す」


 朝戸の振る手に合わせてテレビカメラはスイングし、それほど満員でもないスタンドにレンズを向けた。


 ちなみに鉄太と開斗にはピッチングとキャッチングの邪魔になるのでマイクもイヤホンも付けていない。


 また、大咲花(おおさか)スタヂアムにはオーロラビジョンのような巨大モニターは設置されていない。


 だからスタジオとの掛け合いもできないので、朝戸から質問されマイクを向けられた時に一言返して下さいと、打ち合わせの時に言われていた。


「それでは霧崎さん、勝負の意気込みをお願いしま~~す」

次回、20-9話 「返事せず、笑みを浮かべお辞儀だけ」

つづきは4月17日、日曜日の昼12時にアップします。

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