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笑いの方程式 大漫才ロワイヤル  作者: くろすけ
第二十章 始球式
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20-7話 シスコンや、兄妹プレーと囃し立て

 振り返ってみれば、試合前にも関わらずスタンドには結構な客が入っていた。


 以前Wデートで訪れた時は閑古鳥が鳴いていたのだが、それと比べてえらい違いである。


 球団側の人間が、ブリーフ一丁の男をクラウンドに上げる気になったのもこれが原因だろう。


 鉄太はテレビの影響力に(おのの)きながら開斗を連れてブルペンへと向かった。


 ブルペンとは投手がウォームアップのため投球練習をする場所である。


 大咲花(おおさか)スタヂアムのブルペンは特に仕切りとかも無く、グラウンドの内野ファールゾーンに(しつら)えられていた。


 そして、一塁ベースよりも外野席側へ進んだところにブルペン用のマウンドはあるのだが、そこの手前で立ち止まる。


 投球練習するのはオーマガTVのインタビューが終わってからという段取りなのだ。


 しばらく二人で立ち尽くしていると、スタンドから「霧崎~~! 立岩~~!」と自分たちの名を呼ぶダミ声がした。


 振り返ってみると案の定、咲神(しょうじん)グッズに身を包んだ鳥羽がいた。今日は欣鉄ファンが数多く集っているのに、その姿で居つづけるとは、とんでもない強心臓である。


 そして彼の周りには、笑月パレスの他の住人である日茂(ひも)新戸(にいと)羊山(ようさん)九頭(くず)がおり、後ろの客の迷惑も顧みずフェンスのネットにかぶりついている。


 守口市から徒歩で球場にきた貧乏人の彼らが内野席など取れるはずもないので、外野席からわざわざ出向いてきてくれたのだろう。


 鉄太は彼らを(いた)わるように手を振って応えてやった。その時、


「霧崎兄さ~~ん!」


 黄色い声援と呼ぶにはかなりくすんでいるので黄土色の声援とでも表現すればいいのだろうか。


 声がするネット裏席の方向を振り向くと、五寸釘と藁部(わらべ)が近づいてくるのが目に入った。


 そして、その後ろには月田とヤスも付いてきている。ただ、よく見ると彼らは〈丑三つ時シスターズ〉の荷物持ちをさせられているみたいである。どうやら五寸釘らにチケットを(おご)ってもらったみたいだ。


「霧崎兄さん頑張って下さい!」


 売店で買ったのだろうか。五寸釘が欣鉄カラーのメガホンで声援を送ってきた。


「応! 任しとけ!」


 開斗は目が見えているかのように五寸釘に向かって返事をした。


 そんな二人を見ながら鉄太は、早く一緒になればいいのにと思った。と同時にグットなアイデアが(ひら)いた。


 彼らのプロポーズ的な企画をオーマガTVに売り込んでみたらどうだろうかと。


 もしうまくいけば、変態企画からの軌道修正ができそうである。


 肥後Dによると、変態企画はこの始球式で終わりという話なのだが、鉄太はあの人間の言葉を信じるほどお人好しではないのだ。


 なんだったら、朝戸と自分を交えたWプロポーズ企画もいいかもしれないなどと妄想を(ふく)らませているその時だった。


「テッた~~~~ん」


(テ、テテテテ、テッたん!?)


 自分の愛称(あだな)(つむ)いだ声の主を見て、背筋におぞけが走った。


 なんと、藁部(わらべ)だった。


 藁部(わらべ)が自分に向かって、「テッたん」と呼び掛けて来たのだ。


 限界まで見開かれ血走った目から、彼女が相当ハイになっているのが伺える。


 しかもでっかいレンズのついた高そうなカメラを構えて、「ほれ、テッたん。チーズやチーズ!」と叫びながら連続してシャッターを切り出した。


「アホか! 何してんねん!」


 こんな姿を藁部(わらべ)に写真に取られるとか屈辱の極みである。


 鉄太はフラッシュを遮るように手の平で目元を隠しながら、カメラの死角となりえるフェンス下に駆け寄り体を密着させた。


「コラッ! 何隠れとんねん! 出て来いテッたん! シシシシシシ」


「誰が出てくかアホ! ってか何で馴れ馴れしくテッたんって呼んでんねん!」


 鉄太は、フェンスの上に向かって叫んだ。今まではお前としか呼ばれていなかったハズだ。


「じゃあ、何て呼べばええんや。こんな人がおる中で、〝お前〟じゃ誰のことか分からんやろ」


「立岩兄さんって呼べばええやろ」


「え!? お兄ちゃんって呼んで欲しいんかぁ?」


 恥じらうようなその(つぶやき)きに、彼女の周りにいた笑月パレスの住人たちが、「シスコンや」「兄妹プレーや」などと(はやし)し立てる。


「お兄ちゃんちゃうわ! 兄さんや! 立岩兄さんやーーー!」


 住人たちの声をかき消けすつもりで、鉄太は目いっぱいの大声で叫んだ。


「何やお前ら! 触んな! 放せ!」


 突如、上の方で揉め事が始まったような騒ぎ声がした。


 鉄太は罠の可能性を警戒して、顔を出さずに耳を澄ました。


 藁部(わらべ)の叫び声に交じって、カメラとかフラッシュとかいう単語が聞き取れた。


 鉄太は、手の平で顔を隠しながら恐る恐るフェンスから距離を取ってスタンドを見てみる。


 すると、係員と思しき数名の男に引っ張られていく藁部(わらべ)とそれを追っていく松月パレスの住人らの姿が目に入った。


 どうやら、カメラでフラッシュを焚いたことを注意されたが、逆切れしたので連行されたみたいだ。


 一安心した鉄太は、(どうかアイツが球場からつまみ出されますように)と、心の中で強く祈りつつ、ブルペンマウンド前で立ち尽くしていた開斗の元に戻った。


「テレビの連中はまだ()ぉへんのか?」


 開斗は、先ほどの騒ぎに関してはスルーして、問うてきた。


 多少イラついているかのような様子に、緊張で心の余裕が少なくなっているのかと鉄太は心配した。


 丁度その時、スタンドの歓声がうねるように広がった。何事かと観客の視線の先を追ってみれば、朝戸がテレビクルーを引きつれて通路口から出て来たのが目に入った。


「来たでカイちゃん。でも、まだカメラ回してへんからな」


 随伴(ずいはん)するカメラマンはファインダーをのぞき込んでいないので、撮影していないことが見て取れた。


 鉄太は相方に注意を促し、朝戸に向かって堂々と手を大きく振る。

次回、20-8話 「チンパンジーを想起させ」

つづきは4月16日、土曜日の昼12時にアップします。

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