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笑いの方程式 大漫才ロワイヤル  作者: くろすけ
第二十章 始球式
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20-6話 頭上から、悲鳴の混じった歓声が

 打ち合わせは、〈満開ボーイズ〉、肥後D、AD増子、朝戸イズル、マネージャー座枡、欣鉄ジャックヤークと日本コーヒーフイターズの球団関係者7人とフーネの14名で行われた。


 ただ、打ち合わせと言っても最終確認であり、2日前にテレビ局で聞いた内容とほぼ同じであった。


 まぁ、現場の人々との顔合わせという意味合いで行われたのだろう。


 ただ、打ち合わせも終わりとなった辺りでまたしても鉄太の神経を逆なでする事件が起きた。


 性懲(しょうこ)りもなく肥後Dが鉄太にブリーフ一丁で捕球することを要求してきたのだ。


 当然、受け入れられるはずもない。


 しかし、肥後Dは鉄太の隣に来ると耳元で、要求を飲まないと、〝会議室で盗聴していた件〟を朝戸に暴露すると脅して来たのだ。


 朝戸の方を見ると彼女の隣にはAD増子が(さげす)んだ目でこちらを見ていた。


 あのADは自分がのし上がるため、(多分)妻子ある中年男性に取り入るような倫理観の欠片もない女だ(と思う)。


 初対面の時に公園で陥れられたように、今回も肥後Dの命に従って、あることないこと朝戸に吹き込むに違いない。


 鉄太は、島津のように証拠でもあるのかと開き直ることが出来なかった。


 始球式後の打ち上げで朝戸を口説く予定なのだ。好感度は1%でも落としたくなかった。


 自分から断ることが出来ない鉄太は「自分はええんですけど、どう思います?」と、球団側の人間に話を振って救いを求めた。前の打ち合わせでも彼らはブリーフ一丁の件に難色を示したのだ。


 いくら肥後でも球団側が拒否すれば横車は押せないはずだ。


 ところが、どうしたワケか彼らはあっさりOKしてしまった。


 買収でもされたのか?


 鉄太は折れざるえなかった。




 打ち合わせが終了し肥後Dやスタッフたちが退出した後、鉄太と開斗は二人会議室に残された。


 鉄太は憮然とした表情で椅子に深く腰掛けていた。


 一方、開斗は右手の平を眺めるようにジッとしていた。


 退出間際、フーネから「グットラック」と言葉をもらい、握手までされたのだ。


 少年の頃から憧れていた野球選手に握手のみならずエールをもらったのだから(うれ)しくないはずがない。


 しかし、同時に失明していなければ、との思いはいかほどであろうか。横目で相方を観察しながら、そのようなことを鉄太が考えていると、声を掛けられた。


「テッたん。フーネ選手どんなんやった?」


「そうやなぁ……デッカかったな」


 極めてアバウトな答えであったが、朝戸がフーネの腕の筋肉を触って「スッゴ~~イ」だの「固った~~い」だの言っている様子に心を掻き乱され、フーネをじっくり観察する余裕などなかった。


 ただ、フーネを間近で見た印象は、デカイの一言に尽きた。


 相方の開斗は背が高い方なのだが、それよりも一回りほど大きかった。身長だけではない。筋肉による厚みがスゴイのだ。40才を過ぎたオッサンの体とは思えなかった。


「オーラあったやろ」


 オーラとか言われても、鉄太にはそれがどんなモノなのか分からない。


「う~~ん……せやな。よう分からんけど、なんや迫力はあったな。……もしかして、カイちゃんはフーネ選手のオーラ見えてた?」


「あぁ、見えたで」


「マジで!? それ、スゴない!?」


「まぁな。……ただ、もっと昔に見えてたらって思うわ」


 開斗は自嘲(じちょう)気味に笑った後で語り始めた。


「ワイが漫才師と野球選手の両方目指しとったのは覚えとるやろ? あれな、笑気をスポーツで応用することを思いついたからなんや。

 あん時は、世紀の大発見でもしたような気になっとったけど、スポーツの世界にも笑気と似たようなもんはあったんや。

 ほんで、一流の選手なら誰でも無意識に使(つこ)うとった。

 でも、ワイは笑気見ることは苦手やったからそれに気ぃつけへんくてな。

 だから結局、(まが)(もん)のワイではプロにはなられへんかったんや」


 開斗が語り終えた後、会議室内に沈黙の時が流れた。


 目指していた夢が叶わなくなったという話に、鉄太は自分が腕を切られて漫才を諦めざるを得なくなった件を思い出し、相方にかける言葉が見つからなかったのだ。


 しばらくすると、重い空気を振り払うように朗らかな声で開斗が冗談を飛ばした。


「一緒に写真でも撮ってもらえばよかったかな」


「……見られへんやろ」


 開斗の自虐に鉄太がツッコむと、二人して笑い声をあげた。




 さて、始球式開始1時間となり、二人は着替えを始めた。


 時間的に少し早いような気もするかもしれないが、投球練習をして肩を暖めるためである。


 開斗はテレビ局から、高校球児が着るような白っぽい上下と紺色のアンダーシャツを渡されているのでそれらを身に着けていく。


 鉄太はバックの中からヘルメット、キャッチャーマスク、ストローガードなどを取り出してから上着とズボンを脱いでいく。


 彼らが着替え終わる頃、会議室にスタッフがやってきた。


 だが、スタッフはドアをあけてすぐ顔を伏せて肩を震わせた。ブリーフ一丁にキャッチャーマスクという変態じみた姿に笑いを(こら)えているようだった。


 このようなことで笑われるのは、漫才師として(はなは)だ不本意であった。


 しかし、この企画は今日で終わりだと自分に言い聞かせてなんとか精神の安定を保つ。


 スタッフの先導で鉄太は開斗を連れて通路を進み、そしてグラウンドに出た。


 すると頭上から悲鳴の混じった歓声が降り注いできた。

次回、20-7話 「シスコンや、兄妹プレーと囃し立て」

つづきは4月10日、日曜日の昼12時にアップします。

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