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笑いの方程式 大漫才ロワイヤル  作者: くろすけ
第二十章 始球式
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20-5話 呆れた顔の肥後Dに

 鉄太は、会議室から出て行こうとする武智(むち)を呼び止めた。


「何や、先生」

「いやジュース置いてって下さいよ。ワテらの分の金も(もら)はったんやろ?」


 島津たちほどではないにしろ、鉄太も汗をかいたので、いいかげんノドが渇いていた。


武智(むち)は聞えよがしに舌打ちをすると、サドルに向かってアゴをしゃくった。


 すると、ポリ袋を持たされている老人が、鉄太の横に来ると、袋から1.5リットルのペットボトルを(つか)み出して机の上においた。


(え!? 缶ジュースちゃうの?)


 驚く鉄太を余所に、サドルが次に取り出した20個入りの紙コップの束を、ミニスカが受け取り、紙コップをいそいそと並べ始めた。


「コラッ! 何しとんのや!」


 突然、武智(むち)がミニスカの手を短鞭(たんべん)で打ち据えた。


「ゴメンなさい、ゴメンなさい」


 ワケも分からずといった様子で、(おび)えながら謝るミニスカ。そんなパニック寸前のジジイをハイヒールと呼ばれるジジイが抱きしめて落ち着かせようとしている。


「お前らは島津はんと合流してからや。今並べてええのは2個だけや」


 どうやら、全員分の紙コップを出そうとしたのがお気に召さなかったらしい。


 そんなことで、鞭打たなくてもいいのにと思う鉄太であったが、矛先が自分に向くのも嫌なので、口にしたりはしない。ただ、西錠を見れば、なんだか(うらや)ましそうな顔をしていた。もしかしたら、そーゆー〝プレイ〟なのかもしれいないと思った。


 一方、サドルはペットボトルのキャップを開けると、武智(むち)の機嫌を(うか)いながら紙コップに注いでゆく。


 ペットボトルのラベルには〝SoryaSoda〟と記されていた。馴染みのないブランドである。


(そーゆーことか)


 鉄太は、なぜ武智(むち)が、強硬に買い出しに行きたがったのか理解した。なるべく安い買い物をしてお釣りをせしめるためだ。


 缶ジュースを買ってしまえば、ほぼお釣りなど出ないであろうが、1.5リットルのペットボトルジュースならば、名の知れたメーカーでも300円程度で買うことができる。ましてや聞いたことのないメーカーのを安売りスーパーで買えば、紙コップと合わせて300円以内で(おさ)まるだろう。


 まぁ、別に自分の金で買われたワケでもないので、どうでもいいのだが、彼の小銭に対する執念に舌を巻いた。



「ほなな」


 サドルがキャップを締めたペットボトルをポリ袋にしまうと、武智(むち)は老人たちを引きつれて、会議室から出て行った。


 鉄太は、紙コップを手に取って中を見る。


 ジュースはコップの高さの半分程度までしか注がれていないため、炭酸がはじけて出来た飛沫は、鉄太の手に届くには至らない。


「ほら、カイちゃん、ソーダや」


 色は無色透明。普通の炭酸飲料に思えるが、武智(むち)が買ってきた得体のしれない飲み物である。鉄太はいつものように、まず開斗に飲ませてみる。


 開斗は一瞬躊躇(ちゅうちょ)したように見えたが、ノドが渇いていたようで、そのまま一気に飲み干した。


「何やこれ、まっず」


 開斗は舌を出して不平と共にゲップを吐き出した。


 その様子を見て、あまり飲みたくないなと思った鉄太であったが、じゃあ、給湯室まで行って紙コップの中身を水道水と入れ替えようとまでは思わなかった。


 一応、売っていた商品のはずだし、毒々しい色が付いているわけでもないし、怪しげな浮遊物が浮いているわけでもない。


 とりあえず口に含んでみる。


「……コレそんなマズないやろ。カイちゃん」


 炭酸特有の刺激があるものの甘味が全くしないだけであった。美味いとか不味いとかいう次元の話ではないような気がする。


 (さび)の味がするアパートの水道水に比べればはるかにマシだろう。


「いや、ソーダ言うてコレ渡されたら詐欺やろ」


「シュワシュワ入ってるからソーダやろ? 知らんけど」


「〈喃照耶念(なんでやねん)〉。その理屈ならビールもソーダになるわ。ってか、そんな問題ちゃうねん。もうちょい気ぃ使えって話や。前から思ってたけど、自分、ちょいちょいワイに毒見させてから飲んどるやろ」


「そんなコトないやろ~~」


 身に覚えがありすぎるが、鉄太は(とぼ)けた返事をした。しかし開斗はさらに追及してきた。


「あるわ。オホホ座でもウヒョヒョ座でも、まずワイに飲ませてから飲んどったやろ。確かにワイは目は見えへんけど、その代わり笑気やったら横でも後ろでも見えとんのや」


「いやいやいや、そんなん言うたらカイちゃんかて、オホホ座で出されたプードル茶、美味しいとかウソ言うてワテに飲ませたやんか」


「プードルちゃうわ。プーアルや。それにアレを美味しいなんて一言も言うてへんし」


(だから何やねん)


 相方は、こちらが介助でどれほどストレスが溜まっているのか分かっているのか?


 それを思えば、味見ぐらいさせたところでバチは当たらないはずだ。


 しかし、そのような主張をしたところで、言いくるめるコトはできないだろうし、ヘタをすれば手刀ツッコミを受けるはめになりかねない。


 だから鉄太は口を(つぐ)んだ。


 鉄太が言い返さなかったので、不毛な()り取りは唐突に終わった。


 会議室に静寂が訪れると、また隣から女子たちの楽し気な声が聞こえてきた。


 鉄太は、息を殺して耳を傾けてみたが、話している言葉は聞き取れそうで聞き取れない。


(もう少しそばに行けば……)


フラフラと立ち上がった鉄太は、誘われるようにパーティションに近づき耳を押し付けた。


 と、その時、ノックと共にガチャリとドアの開く音がした。


 恐る恐る振り返ると、会議室の出入り口には、呆れた顔をした肥後Dと、汚物を見るような目のAD増子、それに球団関係者とフーネ選手がいた。


「立岩はん……何してはるんでっか?」


「……ヨガです」


 背中に幾筋の汗が流れていくのを感じつつ、鉄太は肥後Dに返事をした。

次回、20-6話 「頭上から、悲鳴の混じった歓声が」

つづきは4月9日、土曜日の昼12時にアップします。

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