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笑いの方程式 大漫才ロワイヤル  作者: くろすけ
第二十章 始球式
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20-4話 短鞭を、団扇代わりにヒュンヒュンと

「いやいや、問題ありありや! そんなん話したら、次はピンクのシャツ着せられて、変態ジイさんらと(から)まなアカンようなるわ」


 鉄太は開斗の意見を一蹴した。


「せやろか? あの二人、仲悪そうやったから、ゴワっさんの手垢(てあか)のついた案件に、肥後はんは乗ってこんやろ」


「だとしてもや」


 テレビマンなどは視聴率のためならば、主義主張を平気で曲げる人種なのだ。


 こちらの常識で考えるなど危険極まりない。


 そのようなことを言い合っていると、隣りから人が出て行く気配がした。


 鉄太は開斗に黙るように鋭く告げると、耳を澄ました。


 前の廊下を、歩幅の違う二つ足音が過ぎてゆく、一つは長くて低い、一つは短くて高い。


 多分、肥後DとAD増子であろう。


 足音が、この部屋の前をペースを落とすことなく過ぎ去って行った。


 ほどなくして、少し静まっていた隣りから、また賑やかな嬌声が()れ聞こえて来た。


 鉄太は(たま)らず椅子から腰を浮かした。


 すると、また開斗が話しかけて来た。


「そう言えば、小耳に挟んだんやけど、〈オロチ〉の二人な。笑戸(えど)に行ったんやて」


「え? マジで!?」


 またもや聞き耳の邪魔されて鉄太は不快であったが、興味をそそる話題であったので聞き返した。


〈オロチ〉とは、筋肉質の蛇沼と肥満気味の錦からなる漫才コンビで、自分たちと同期であり、ライバル的存在である。


 もっとも、〈オロチ〉と言うのは旧名で、今は〈キングバイパー〉という名に改名している。


 去年の〈大漫才ロワイヤル〉で〈満開ボーイズ〉が優勝できたのは、(ひとえ)に彼らの協力の賜物(たまもの)であった。


「ワイらと入れ違いで行ったらしいで」


「どおりでコッチ戻って来てから全然見かけんわけやな」


 笑戸(えど)での活動に見切りをつけた金島が、大咲花(おおさか)に鉄太と開斗を連れ戻したのが今年の3月頃。


 彼らはそれと同じ頃に笑戸(えど)に行ったらしい。


「詳しいな誰に聞いた?」


 蛇沼は開斗を激しくライバル視しており、ことあるごとに(から)んで来る男であった。


 鉄太は(なつ)かしみつつ尋ねた。


「五寸釘や」


「そらそうやな」


 鉄太は目の見えない開斗の介助役としてほぼ彼のそばにいる。開斗の耳に入るのであれば当然鉄太の耳にも入る。


 例外があるとすれば、五寸釘と介助を交代した時だけなのだ。


「ほんで、蛇沼君たちはアッチで上手くやってんの?」


「まぁボチボチやってるみたいやで」


 きわめてアバウトな返事である。


「大丈夫やろか?」


 鉄太は、自分たちが笑戸(えど)で馬車馬のように働かされた挙句、放り出されたことを思い出し心配になった。


「誰が誰の心配してんねん。アイツらにはデッカイ事務所が付いとるし、目も見えとれば腕も切られてへん。おまけに借金もないやろが」


 確かに言われてみれば、人の心配など出来る身分ではなかった。


 それにしても何時(いつ)にも増して口数が多い開斗の様子を鉄太は不審に思った。


 相方の様子を観察してみれば、細かく貧乏ゆすりをしていた。


「なぁ、カイちゃん。もしかして緊張してる?」


「……まぁな」


「ふ~~ん。……って、えぇ!?」


 鉄太は、開斗が素直に緊張を認めたことに驚いた。鉄太の知る霧崎開斗は基本的に人に弱みを見せない男なのだ。


 というか、今まで彼が緊張してる所などほとんど見たことがなかった。記憶にあるのは小学生の頃、鉄太の父である亞院鷲太(あいんしゅうた)を前にした時ぐらいであろうか。


 すると、今日対決するフーネは、開斗にとって亞院鷲太(あいんしゅうた)と同等の存在ということなのか。


 現代漫才の祖とも言われる偉大な父が、野球選手ごときと同格にされたことに、何やら胸の奥でチリチリと嫉妬めいた感情が湧き上がる。


 と、その時、


「失礼するで!」


 断わりの言葉と共に、勢いよく扉が開かれた。


 無理向くと、短鞭(たんべん)団扇(うちわ)代わりにヒュンヒュンとさせながら、白髪坊主が会議室に入って来た。


 ジュースを買い出しに行った武智(むち)が戻って来たのだ。しかし、彼の鞭を持っていない方の手は何も(たずさ)えていない。


 だが、その理由はすぐに分かった。


 彼の後ろから現れたサドルと呼ばれている老人が、ポリ袋を重そうに持っていたのだ。


 そして、さらにその後ろからミニスカとハイヒールの老人が支え合いながら入って来て、最後にクンカを背負うようにして西錠が現れた。


 白髪坊主が連れて来た5人は、島津に置いてけぼりを喰らった足の遅い連中で、どうやら球場の前でたむろしていた所を、買い出しから戻って来た武智(むち)に拾われたと思われる。


「あれ? 島津はんたちはドコいったんや?」


 会議室を見渡しながら武智(むち)が問うてきた。


「さぁ、スタンドにでも上がったんと違うか?」


 開斗が適当な返事をする。


 しかし、あながち間違いではなさそうだ。


 島津はスタンドでラジオの公開収録をすると言っていたので、会議室を追い出されたからといって球場の外に出る可能性は低いだろう。


 その言葉を聞いた武智(むち)は「邪魔したな」と言うと(きびす)を返して会議室から出て行こうとする。


 が、鉄太は慌てて呼び止める。


「ちょっと、待って、武智(むち)さん」

次回、20-5話 「呆れた顔の肥後Dに」

つづきは4月3日、日曜日の昼12時にアップします。

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