表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
笑いの方程式 大漫才ロワイヤル  作者: くろすけ
第二十章 始球式
155/228

20-3話 息を殺して聞き耳を

「たしか、えーびーすー放送の島津はん……でしたっけ? こんな所で一体何してはるんや?」


「ヨガでごわす」


 肥後Dから、詰問(きつもん)された島津は悪びれることなくしれっと答えた。


「ヨガ!?」


「そうでごわす。見ての通りデブと老人なんで、健康に気を使っているんでごわす」


 その言葉を聞いたエアロビたちは、両手を頭上に伸ばしてヨガっぽいポーズを取り始めた。


「その聴診器(ちょうしんき)はなんですの?」


「ヨガのやりすぎで、ご老人がたが体調不良になった場合の備えでごわす」


「壁に当ててるように見えたんやけど?」


「見間違いでごわしょ? 証拠写真でもあるでごわすか?」


「聴診器で隣を盗聴してたんやろ? 警察呼びまっせ」


 肥後Dに(すご)まれた島津であったが、しばし考える素振りをした後、こう言った。


「別に構わないでごわすよ。通報したらいいでごわす」


 鉄太には島津の不敵な眼差(まなざ)しを見て、彼の考えていることが、なんとなく分かったような気がした。


 この男の目的は騒動を起こして注目を集めることである。


 であるならば、ゲリラライブで逮捕であろうが、盗聴で逮捕であろうが同じという所か。


 一方、肥後Dは、この不審人物を注意深く観察していた。


 しかし、ややあって、「関係ない者はお引き取り下さい」と、島津と老人たちに出て行くように強く言い、従わなければ球団職員を呼ぶと脅した。


 警察へ通報はしないようだ。


 親会社の人間だからか、大事な始球式前にケチをつけたくなかったのか。


 意外だったのは、島津が素直に会議室から出て行ったことである。もっと揉めると思っていた鉄太は、ピンクシャツの一団がいなくなりホッと胸をなでおろした。


 しかし、心が安らかになったものつかの間であった。


 そばのイスに腰かけ、AD増子を呼んで隣に座らせた肥後Dは、鉄太にクレームを入れて来た。


「ちょっと立岩はん、困りまっせ。勝手に変な連中呼ばんといて下さい」


「呼んでへんです! あの人らが勝手に来たんです」


「じゃあ、何で追い返えさへんかったんです? 知り合いでっしゃろ? 何や仲良うしとったように見えましたけど」


 あの光景が仲良くしているように見えた? 眼鏡のしすぎで目が腐ってるのかと、ツッコミたくなるのを鉄太は(こら)えた。


 代わりに高みの見物を決め込んでいた相方を巻き込む。


「何でワテばっかに言うて来はるんですか。知り合い言うならカイちゃんも一緒や」


「いや、ワイ、目ぇ見えへんし」


 突然矛先を向けられた開斗は、舌打ちをしてそう言った。


 言い訳になっていないし、おまけに身体的ハンデを盾にするのはズルい。


「そんなん言うならワテかて左腕ないし」


「それ、全く関係あらへんやろ」


「関係ないのはカイちゃんかて一緒や。目ぇ見えんでも追い返せるやろ」


「どっちでもよろしいですわ。それで、お二人は、あの人らとはどんな関係ですの?」


 鉄太と開斗が言い争いを始めた所で、肥後Dが仲裁に入り、〈満開ボーイズ〉と島津の関係について尋ねて来た。


「ワイらがやってるラジオの作家や。今日はワイらの応援に来たんやと」


 開斗は、ゲリラ収録の件は伏せて答えた。


「ピンク色のシャツと老人たちは何ですの?」


「あぁ、それなぁ、」


「ちゃうちゃうちゃう!!……アレやアレ! ヨガサークルの仲間やろ。ところで、肥後はんは何しにここに来はったんですか? 今から打ち合わせしはるんですか?」


 正直に答えようとする開斗の雰囲気に、鉄太は慌てて会話を奪った。


〝街の奇人〟などというイカれコーナーの番組を持つディレクターに、自分たちが変態集団の関係者などという情報(えさ)を与えるなど自殺行為でしかない。


 そんな剣幕に押されたように肥後Dは、「お二人が来たと聞いて、ちょっと顔を見せに来ただけです。打ち合わせはもう少し後で」と言うと立ち上がった。


「ほな、次はイズルちゃんの顔見にいこか」


 AD増子にそう言うと、肥後Dは鉄太の方を振り返った。


「あんまり変なコトするんやったらイズルちゃんとの打ち上げは無しになりまっせ」


 肥後Dは、赤ブチ眼鏡のツルを摘まむと眼鏡だけにお辞儀をさせ、AD増子を連れて会議室から出て行った。


 自分は一つも悪くないのに何でそんなコトを言われなくてはならないのか。


 鉄太が理不尽な仕打ちに胸糞を悪くしていると、静まり返っていた隣から、にぎやかな声が漏れ聞こえて来た。


 そして、ほどなくすると悲鳴ような声が上がる。


 もしかしたら、肥後Dがさっきの件を朝戸らに話しているのかもしれない。


 鉄太は気が気じゃなくなる。


 きちんと正確に、島津が聴診器で盗み聞きしていたと話してくれるなら問題ないが、鉄太も一緒にやってたなどと嘘八百を並べたてられたなら冗談では済まない。


 息を殺して聞き耳を立て続けるが、会話の中身は全く(つか)むことが出来ない。


 鉄太は、壁のそばまで近づこうかと腰を浮かせた。


 するとその時、出鼻を(くじ)くように開斗が話しかけて来た。


「なぁテッたん。さっきのアレ。別に肥後はんに聞かせても問題なかったやろ」


「アレって何や?」


 聞き耳を邪魔されて鉄太は、開斗の言うアレが何か分かっていながら、不愛想に返した。


「ゴワっさんと豆球(ビーンボール)のことや」


 やはり、予想通りの答えが来た。

次回、20-4話 「短鞭を、団扇代わりにヒュンヒュンと」

つづきは4月2日、土曜日の昼12時にアップします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ