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笑いの方程式 大漫才ロワイヤル  作者: くろすけ
第二十章 始球式
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20-2話 肥後Dは、老人たちに目もくれず

「いや、大丈夫です。ワテが行きますから」


 武智の申し出をやんわり断る鉄太。


 彼は元騎手だけあって基礎体力は高くそれほど疲れてはいないようだが、老人を使い走りになどさせられない。


 しかし、逆に武智(むち)は先生に行かせるわけにはいかないと首を縦に振らない。それどころか手にしている短鞭で威嚇(いかく)してきた。


 年長者を労わるように(しつ)けられて来た鉄太であるが、暴力に訴えられてまで(いた)わろうとは思わない。


「分かりました。じゃあ武智(むち)さん、行って下さい。でも、1人で7本のジュース持ってこれます?」


 コーラとかサイダーとかの炭酸飲料を落とされたら目も当てられない。


 鉄太の言葉を聞いて島津が口を挟んだ。


「じゃあ、武智(むち)どん。近くのコンビニで買ってくればよかです。袋に入れてもらえるでごわすから。あと領収書も貰ってきてほしかです」


(コイツ鬼か)


 もう一人連れて行くように言えばいいだけなのに、経費で落としたいがために疲れた老人を場外のコンビニまで行かせるとは。


 鉄太は呆れたが、武智(むち)は「分かった」と言って会議室から出て行った。


 (ころ)ジイと呼ばれる気性の荒い男が素直に従う様子を見て少し意外な気がした。


 目の前の巨漢は変人に対するカリスマでも持っているのだろうか?


 そのようなことを鉄太が考えていると、開斗が島津に問う。


「ごわっさん。結局オーマガTVとコラボすることにしたんか?」


 鉄太は島津が勝手に押しかけて来たと思っていたので、その可能性には気付かなかった。


 だが、島津は否定した。


「コラボはしないでごわすよ。予定通りゲリラ収録するでごわす」


 やっぱり勝手に来ただけであった。


「ところでイズルちゃんはもう来たでごわすか?」


 室内冷房により体力が回復したようで島津が起き上がりつつ尋ねてきた。


「あぁ、隣におるみたいやで」


 ノータイムで答えた開斗に鉄太は舌打ちしたくなる。


 イズルに対して島津とは紳士協定を結んでいるが、我欲の塊とも呼べるこの怪物が約束事を素直に守るとは思えないので極力情報を与えたくないのだ。

 

 果たして島津は耳に手を当て、隣りから漏れてくる声を聴こうと壁に向かう。


 そして、壁のそばまで行くと壁を触りながら上下左右を見た。


「なるほど。パーティションでごわすな」


「え? パーティー?」


「いや、パーティション。仕切りという意味でごわす」


 島津の説明によるとパーティションとは可動式の仕切りで、1つの会議室を2つに分割し一方を男性用控室、もう一方を女性用控室にしているとのことである。


 言われてみれば普通の壁と違い2mぐらいの間隔で縦に枠線が入っていた。


 てっきり、声が漏れ聞こえて来たのは自分たちが住んでいるようなボロアパート並みの安普請(やすぶしん)なのかと思っていたがそうではなかったようだ。


 流石は物知りだなと感心し、鉄太は島津に対する評価をやや上げたたがすぐに訂正することになる。


 このクリーチャーはナップサックから聴診器を取り出すと、ごく自然な所作で装着した。そして、ゴムチューブの先に着いた丸い部分をパーティションに押し当てた。


 ちなみに聴診器の先の丸い部分はチェストピースと呼ばれ、手芸で使うボビンのように筒の両側に円盤が付けたような形状となっている。


 そして、一方には膜が張られているので膜面と呼ばれ、もう一方はベル面と呼ばれている。


 違いは膜面の方が高音を聞くのに適しているということだ。


 なので島津は膜面をパーティションに押し当てている。


「ちょっと、ごわっさん。アカンやろそれ」


 目の前で繰り広げられる犯罪的行為を見かねて注意をする鉄太。壁に耳を押し当てたい気持ちを我慢したことを思うと悔しくもあった。


 しかし、注意されても島津は何も反応せず目をつむりウットリと耳を傾けている。


 その姿は、さながらウォークマンのCMの猿のようである。


 すると、あろうことか老人たちが立ち上がり、引き寄せられるようにパーティションに向かうと耳を押し当てて隣の声を聴き始めたではないか。


「テッたん。何が起きとんのや?」


「言いたないわ」


 ショッキングピンクのシャツを着た4人の老人と島津が壁に張り付くかのようなその様は、用水路の壁に産み付けられたジャンボタニシの卵を想起させ、見ていて気分が悪くなる。


「キャーーーーッ!!」


 突然の鋭い悲鳴に振り向くと、開かれたドアの先にADの増子が口元を両手で押さえて立っており、その後ろにディレクターの肥後がいた。


 肥後Dは増子を押しのけて会議室に無言で入って来た。


 異変に気付いた島津と老人たちは盗み聞きの姿勢を解いて両手を前で組んだり後ろで組んだりズボンのポケットに入れたりと、臭い芝居で状況を誤魔化そうとした。


 肥後Dは老人たちに目もくれず島津の前に立つと、おもむろに口を開いた。


「たしか、えーびーすー放送の島津はん……でしたっけ? こんな所で一体何してはるんや?」


 どうやら二人は知り合いではないが、少なくとも肥後は島津のことを知っているようであった。こんな強烈なキャラクターなのだから島津が知られていることは不思議なことではない。


 ただ、肥後の語気には明らかな敵意が含まれており一触即発の空気が流れる。

小説家になろうの評価の☆や感想を頂ければ、励みになりますのでよろしくお願いします。

次回、20-3話 「息を殺して聞き耳を」

つづきは3月27日、日曜日の昼12時にアップします。

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