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笑いの方程式 大漫才ロワイヤル  作者: くろすけ
第二十章 始球式
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20-1話 アザラシの、ように床へと横たわる

「イズルちゃんのことや」


 鉄太は開斗にイズルのことをどうするのか尋ねた。

 

「はぁ? どうするも何も、あの女が勝手にやってきたことやろ。別にワイはあの女のこと何とも思ってへんわ」


「だとしてもや。五寸釘メッチャ怒ってたで」


「え!? マジでか?」


 珍しく狼狽(うろた)える開斗を見て、やや溜飲(りゅういん)を下げる鉄太。


 だが、このままではいけない。


 さきほどからの彼女の態度からして、残念ながら開斗の方に興味を持っているようである。


 それは仕方がないことだ。


 ただ、開斗には五寸釘がいる。


「きっぱり断らんとえらいことになるで」

「せやな。分かった」


 開斗の迷いない返事に鉄太は一安心した。


 始球式後の打ち上げで、朝戸は開斗にアプローチするだろう。


 それを開斗が断る。


 傷心の彼女を自分が笑わせて(なぐさ)める。


 悪くない作戦だ。


 鉄太が打ち上げのシミュレーションを脳内で繰り広げ始めたところで、開斗から逆に問われた。


「ところでテッたんはどないするつもりや?」

「何の話や?}


「テッたんもあの女のマネージャーにえらく気に入られとるみたいやんか。キッパリ断らんと藁部(わらべ)にメッチャ怒られるで」


「カイちゃん! あのオカッパとワテをくっ付けようとすんのヤメロ言うてるやろ!」


「じゃあ、あのマネージャー選ぶんか?」

「選ぶか! ワテはイズルちゃん一択や!」


左様(さよ)か。あとで後悔しても知らんで。ところで、あの二人は同級生やろか?」


「失礼な事言うな。マネージャーは40ぐらいのおばはんやぞ。たぶんイズルちゃんとは一回りぐらい離れてるわ」


「〈喃照耶念(なんでやねん)〉。ワイが聞いてんのは五寸釘とあの女や」


「何でそう思うんや?」


 ゲート前で見た遣り取りからすれば、五寸釘と朝戸が知り合いであろうことは鉄太にも分かることだ。しかし、そこからさらに同級生と限定する理由を知りたかった。


「アダ名や。二人ともため口で、あんなアダ名使(つこ)うてたやんか。社会人になってからの知り合いじゃ出来ひんやろ」

「なるほど。さすがカイちゃんや」


 言われて見れば、彼女たちは互いに、〝ズル子〟と〝釘っぺ〟と呼び合っており、いかにも学生時代の悪口で使ってた物っぽい。


 朝戸が五寸釘の同級生となると、彼女の年齢も24、5才ということになる。


 以前、ラジオ収録の時に島津が予想していた年齢とも一致した。


(自分より1コ下か)


 非公開だった朝戸の年齢の裏付けをとることが出来てラッキーと思う鉄太。なにより自分とほぼ同世代だというのが良い。


 打ち上げの時の話題に昔話をすれば、彼女に刺さる確率がめっぽう高くなるからだ。


 ならば、小学生の給食のメニューが鉄板だろう。


 攻略の手がかりを得て鉄太は右手をグッと握りしめた。


 そして、好きだった給食のランキングを整理しようとした時、ドアがノックされた。


 テレビスタッフがようやく来たのかと鉄太は思ったのだが、開斗が「はい、どうぞ」と返事すると、耳を疑うような声が聞こえて来た。


「し……失礼するでごわす」


(ごわす!?)


 大咲花(おおさか)弁のイントネーションでそんな語尾の話し方をする人物など世界に一人しかいないだろう。


 島津だ。


 ただ島津は、満開ラジオの収録をゲリラで行うと言っており、テレビスタッフとは組まないと言っていたはずである。


 となると、とんでもなくツラの皮が厚いので、勝手に涼みに来たといったところであろうか? などと考えていた鉄太であったが、開けられたドアの方を見て驚いた。


 なんと、現れたのは、いがぐり頭の巨漢だけではなかった。


 武智(むち)を筆頭にエアロビ、脇汗、ルーズソックスと呼ばれる老人たちが会議室に入って来たのだ。


 そして、武智(むち)以外は息も絶え絶えであった。ショッキングピンクのTシャツは汗を吸って紫っぽくなっている。


 ちなみに老人たちの通称は各人の性癖に由来する。


 彼らは部屋に入ると、崩れるように床にヘタりこんだ。


「ちょっとちょっと。そんなトコで座られたら、次に来た人らが入ってこられませんやろ」


 鉄太は立ち上がると、3人の老人たちを椅子に座らせるために肩を貸し始めた。


「ハァ、ハァ……先生……すまんのぉ」

「先生言うのは()めて下さい」


「それはそうと人数少なくないですか?」


 鉄太は比較的元気そうな武智(むち)に尋ねる。


 ここにいる変態老人たちは、心咲為橋(しんさいばし)で見た半分くらいしかいないような気がする。

 

「そら、島津はんより先に着いた(もん)だけやからな」


 なるほど。


 要するに、島津が涼を得たいがために、足の遅いメンバーを見捨てて来たということか。


「ほらほら、起きてんか。あと、ごわっさんだけやで」


 すべての老人たちを椅子に座らせた鉄太は、アザラシのように床へと横たわる島津に声を掛けた。

 

 流石に、この巨体を鉄太が支えるのは難しいので、自分で起きてもらうしかない。


 しかし、島津は起きようとはせず、代わりに財布を取り出すと中から千円札を一枚鉄太に差し出した。


「立岩どん。これで人数分の飲み物()うてきて欲しいでごわす。お釣りは好きにしていいでごわすから」


 お釣りは好きにしていいと言われても、いま部屋にいる人数は7人だ。自販機のジュースの値段は120円だからお釣りは160円しかない。


 無論、鉄太は時間を掛けても正確な計算はできないのであるが、感覚的に旨味が少ないことは感じとれた。


「ワシが行って来ましょう」


 鉄太が返事を渋っていると、武智(むち)が声を上げた。

次回、20-2話 「肥後Dは、老人たちに目もくれず」

つづきは3月26日、土曜日の昼12時にアップします。

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