19-7話 親睦を、深めることができるだろう
「あ~~れ~~? もしかして、釘ッペじゃない?」
朝戸に呼び掛けられた五寸釘は、観念したように振り向くと短い返事で応じた。
「……お久ぶり。ズル子」
鉄太は今の遣り取りで二人の関係性を何となく把握した。
彼女らは互いを快く思ってなさそうだ。
イズルはブリッ子と言う表現がピッタリのポーズで五寸釘に抗議するが、両手の拳をアゴの下で構えたそのスタイルはボクシングでいう所のピーカーブーに似ていた。
戦いのゴングはすでに鳴っているようだ。
「釘ッペ、ヒドーーい。その呼び方やめてよぉ」
「ならウチのこと釘ッペって呼ぶのやめて」
にべもない返しをする五寸釘であったが、朝戸はそれを無視し、アダ名にアクセントを置いて問いかけをしてきた。
「ところで、何で釘ッペがここにいるのぉ? 今日の始球式に釘ッペも局から呼ばれたのぉ?」
「いや、ウチは霧崎兄さんの付き添いや」
五寸釘は苦々しい顔をしながら答えた。
すると、朝戸は五寸釘と開斗の間に素早く割り込んだと思ったら、開斗の腕を奪い取った。
「じゃあ関係のない人は、これ以上入ってきたら怒られちゃうね~~。後はイズルに任せてね~~」
朝戸の大胆な行動に、鉄太は驚くと共に開斗に対して嫉妬した。
だが、当の開斗は、いきなり腕を取られたことに抵抗する。
「オイッ! 何すんのや。放せ」
「え~~!? でも、急がないと遅刻しちゃいますよぉ?」
朝戸は論議のすり替えをして、開斗が怯んだ隙に強引に引っ張って行く。そして、ゲートを通過すると振り返り様にニタリと微笑んでみせた。
五寸釘は歯ぎしりをして顔を真っ赤する。
鉄太はと言えば、今までイメージしていた朝戸とのギャップに、あっけに取られて動けなかった。
そんな鉄太に、五寸釘は鋭い視線でアイコンタクトを送って来た。
どうにかしろと。
鉄太は軽く頷いた。
言われるまでもない。開斗と朝戸がくっついて困るのは自分も同じだ。
正直、朝戸に対して、ちょっと思ってたのと違うなと感じているのだが、それでも彼女と藁部を比べた時、圧倒的大差、満場一致で朝戸に軍配が上がるのだ。
それに、積極的な女性は嫌いではない。
しかし、鉄太が朝戸に追いすがろうとした時、不意に左腕を取られた。
驚いて振り向くと、なんと朝戸のマネージャーの座枡という中年女性がそこにいた。
「では、私たちも一緒にいくざます」
「何すんのや! 放してんか」
「照れなくてもいいざます」
「照れてへんわ!」
抵抗しようにも、座枡に掴まれた左腕は義腕であるため振りほどくことはできない。
下手に踏ん張ったりして義腕が壊れたりしたら目も当てられない。
仕方なく鉄太は、そのままズルズルと引き摺られるように座枡に連行されていく。
ちらりと五寸釘の様子を窺うと、彼女は無表情の上に三白眼になっていた。
ゲートを通過した鉄太らは、球場事務所の職員に案内された。そして、会議室前まで来ると、職員から控室は男女別になっていることを告げられた。
朝戸は開斗に「じゃーまた後でね~~」とあっけらかんと別れを告げ、座枡は鉄太に「じゃあ、また後で」とネットリと別れを告げ、職員と共に女性用の控室に向かった。
中年女から解放されてホッとした半面、朝戸が去っていくことに少しガッカリする。
鉄太は、先日の打ち合わせで会議室を控室に使うと聞いており、大部屋の楽屋を想像していた。出番までの1時間弱、朝戸と少しでも打ち解けられたなら、始球式後の打ち上げでより親睦を深めることができるだろうと目論んでいたのだ。
とは言え、男女が同じ控室を充われるなど、よくよく考えてみれば現実的ではなかった。彼女は化粧や着替えをせねばならないのだ。
朝戸が少し離れたドアをノックして「失礼しま~~す」と言いながら中に入っていくことを見届けると、鉄太は気を取り直して目の前のドアをノックした。
返事はなかった。
開斗と共に「失礼します」と断り、ドアを開けてみると中には誰もいなかった。
スタッフは放送室で中継の準備をしているのだろうか。
会議室の中はパイプ机とパイプ椅子が並べられていた。また、空調が効いており、疲れた体に心地よかった。
鉄太は、駅から走ってくる必要もなかったかもと思いながら、開斗を椅子に座らせて自分もその隣に座った。
すると、かすかではあるが、キャッキャウフフといった嬌声が聞こえてきた。
壁向こうから漏れて来る声からすると、朝戸や座枡の他にも誰かいるみたいだ。
メイクさんやスタイリストだろうか?
会話の中身も気になる。パーティションに耳を押し当てたいところだが、そんなことよりも大事なことがある。
「カイちゃんどうするつもりや?」
「どうするって何をや?」
「イズルちゃんのことや」
次回、第二十章 始球式
20-1話「アザラシのように床へと横たわる」
つづきは3月20日、日曜日の昼12時にアップします。