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笑いの方程式 大漫才ロワイヤル  作者: くろすけ
第十九章 待ち合わせ
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19-5話 足腰は、少しばかり鍛えられ

 「これ渡しとくんで、始球式で二人に着てほしいでごわす」


 島津は手にしていた手提げの紙袋を鉄太に手渡そうとしてきた。


 紙袋の口からショッキングピンクの布地が見える。


 受け取るかどうか鉄太は一瞬迷った。


 これまで、捕球スタイルは上半身裸であり、始球式もそれで行うことになっているのだが、正直な所、恥ずかしいのでシャツでも1枚着させて欲しいと思っていた。


 シャツを着れば笑気が見えにくくなるという問題が発生するのだが、捕球する直前に腹の部分だけ(まく)っておけば問題ないはずだ。


 なので、島津の提案は渡りに船と言える。ただ、このシャツは危険だと直感が告げていた。


 今から行く球場には、えーびーすーテレビの肥後Dがいるのだ。


 もし、ピンク色のシャツを着てジイさんらを率いて行けば、ド変態が変態集団を組織していると、新たな燃料を投下することになりかねない。


 せっかく企画が終わろうとしているのに、新シリーズが始まっては目も当てられない。


「すんまへん。服着たら、カイちゃんが笑気見にくくなるから無理やねん」


 せめてもう少し普通のTシャツだったらと着れたのにと思いながら鉄太は断った。


「……そうでごわすか」


 島津は渋々(しぶしぶ)と紙袋を引き下げたが、意趣返しのつもりか顔を近づけて来てこう言ってきた。


「しかし、鉄太どんも隅に置けないでごわすな。こんなカワイイ恋人がいるのにイズルちゃんにも触手を伸ばすんでごわすからな」


「恋人ちゃうわ!」


 鉄太は間髪入れずに全力で否定した。


 すると右わき腹に打撃を受けた。


 藁部(わらべ)がパンチを放ってきたのだ。


 付き合っていないのは事実なのに何故殴られなければならないのか。


 理不尽な仕打ちに耐える鉄太に、島津が獲物をいたぶるような目をしながら問いかけて来る。


「立岩どんが、二股ハレンチ野郎だと知ったらイズルちゃんは何て思うでごわすかなぁ?」


「言いたければ言うて下さい。でも、モデルの()紹介する話は完全に無しと思って下さい」


 沈黙する巨漢。


 しばらくすると、島津は笑いながら鉄太の肩を叩いて来た。


「おいどんが心の友を裏切るはずがないでごわしょう」


(誰が心の友やねん)


 心の中で悪態を吐く鉄太であったが、島津がアッサリ引き下がったのは意外だった。


 しかし、それは鉄太の早合点であった。島津はすぐに交換条件を付け加えて来た。


「その代わりと言ってはなんでごわすが、モデルの()、最低10人は紹介して欲しいでごわす」


 鼻の穴を膨らましながら圧を加えて来る巨漢に、鉄太は了解の意を伝える。


 もっとも、こんなクソみたいな約束を守る気などサラサラなかった。


「テッたん。時間大丈夫か?」


 会話が終わるのを見計らっていたように、開斗が話しかけて来た。


「あっ!」


 そう言えば、こんな所で道草しているほどの時間的余裕はなかった。バッタ物の腕時計に目をやれば、16時まで30分を切っていた。


「アカン! ちょっと急がんと間に合わんかも」


 鉄太の報告に、開斗は舌打ちをした。


「しゃーない。ちょい走るか」


「兄さん。危ないですって。地下鉄乗ってったらええですやん」


 五寸釘は目の見えない開斗を気遣ってやんわりと反対した。


 確かに、今の時間であれば5分おきに電車は来るので、なんば駅から球場まで歩く時間を考えても地下鉄で行った方がずっと早いだろう。


 ただ、時間的ロスはたった数分なので、速足(はやあし)程度で十分間に合うはずである。走る必要はないはずだ。


 開斗も同じように考えたようで、五寸釘の手を取って説得する。


「別に全速力で走るわけやないで。それに、ウォーミングアップにもなるしな。だからサポートしてくれへんか」


「兄さん、ズルイですわ。そんなん言われたら断れませんやんか」


 頬を染める五寸釘。


 すると、なんだかいい感じになった二人をクンカたちが「いよっ! ご両人」などと冷やかした。


「月田、先導頼めるか?」


「まかせて下さいっす」


 開斗に()われた月田は嬉しそうに駆けだした。


 その後を、五寸釘に補助されて開斗が追い、さらに鉄太と藁部(わらべ)、島津と老人たちが続く。


「いや、ちょっと速いって!」


 鉄太は前を行く開斗に呼びかけた。


 走ると言っても、所詮目が見えないのでそれほど速くないだろうと高をくくっていたのだが、意外と速かった。


 大一番を前に、気が(たかぶ)っているのか?


 あと、サポートする五寸釘が走るのに不適切な靴を履いていなかったのもある。


 背の高い彼女は普段からヒールのような靴は履いていないのだ。


 しかし、相方の背の低い方は走るのが苦手のようである。


「ちょっと待ってぇ」


 鉄太の後ろから藁部(わらべ)の悲鳴混じりの声が飛んできた。


 また、老人たちや島津は藁部(わらべ)以上に遅く、集団はどんどんバラけていった。


 そんな中、鉄太は前を行くカップルに食らいついていた。


 決して運動は得意ではないが、金銭的な事情から常日頃から歩いていることが多いので、足腰は少しばかり鍛えられていた。


 それに、邪魔な連中を振り払える絶好のチャンスという事に気が付いたからだ。


 左の義腕がブランブランとスイングしてメチャクチャ邪魔だが外しているヒマなどない。右手で義腕を手の部分を握りながら走る。その姿は両手でお腹を左右にさすりながら走っているようで滑稽である。


 すれ違う人々に二度見したり、笑われたり、「どえらい変態や」など言われるのだが、そんなことを気にしている場合ではなかった。


 鉄太は殺人鬼に追われているつもりになって走った。

次回、19-6話 「二の腕に、当たる胸の感触は」

つづきは3月13日、日曜日の昼12時にアップします。

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