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笑いの方程式 大漫才ロワイヤル  作者: くろすけ
第十九章 待ち合わせ
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19-3話 借金が、ある身としては募金など

 ほっぺたに鋭い痛みを2度3度感じて跳ね起きる鉄太。


「着いたで。いつまで寝てんねん」


 開いた目に映ったのは手の甲であり、それは藁部(わらべ)から伸ばされたものであった。


 まもなく心咲為橋(しんさいばし)に到着するの車内アナウンスが耳から入り、体には進行方向と反対側にGがかかっている。


 居眠りしている振りをして、藁部(わらべ)から極力話しかけられないように努めていたら、またしても深い眠りに入ってしまっていたようだ。


 地下鉄で守口駅から心咲為橋(しんさいばし)に行くためには、一旦、梅田で御堂筋線に乗り換えなければならないのだが、実は乗り換え前にもガッツリ眠ってしまった。


 そのときに、下車に手間取ってしまったので、今度は早めに起こしておこうと、いらぬ気遣いをしたに違いない。


 状況を完璧に把握した鉄太であったが、(うと)ましく思っている相手から頬を(はた)かれた事実に、とてつもない不快感を覚える。


 今、口を開けば「何してくれてんねん」とか叫んでしまいそうなので歯を食いしばって口を(つぐ)む。


 すると藁部(わらべ)は「まだ、寝ぼけててんのか」と言って、右手の甲を引き戻した。


 また(はた)かれると思った鉄太は反射的に彼女の手を握った。


 二人はしばし呼吸を止めて見つめ合った。


 ガッコン プシュー


 電車の停車による音と揺れで我に返った鉄太と藁部(わらべ)


「何、気安く触ってんねん!」


 藁部(わらべ)は思いっきり右手を振り下ろし、鉄太の手を振りほどくと、そのまま体をねじってドアの方を向いた。


 (うつむ)いた彼女の横顔を見ると明らかに上気していた。


 それが怒りによる作用でないことは、一目瞭然(いちもくりょうぜん)であった。


 隣に座っていた鷺山(さぎやま)が、ピンク色の数珠の腕輪をさりげなく見せて来た。


「ローズクリスタルブレスレットです。恋愛成就に効果がございます。もしよろしければお譲りいたしますが」


「いらんお世話や」


 そう即答した後、鉄太は考える。破局に効果があるブレスレットは無いのだろうかと。




 心咲為橋は自分たちのホームグラウンドと言ってよい。


 鉄太は欠伸(あくび)をしながらも先頭で改札を通過する。


 現在の時刻は15時30分を少し過ぎたあたり。


 ここから大咲花スタヂアムまで歩いて行くつもりだが、道のりは約1.5km。


 30分とはかからないので16時前には着くはずだ。


 いつも通りのクセで、鉄太は心咲為橋(しんさいばし)商店街方向の階段に向かおうとすると、風切り音の後に、尻に鋭い痛みが走った。


「痛った!」


 何事が起きたのかと振り返れば、すぐ後ろに短い鞭を手にした白髪坊主の老人がいた。


「ちょっと、コロジイ……いや、武智(むち)さん。何しはるんですか」


 声を掛けずに鞭を振るった非常識に、鉄太は抗議をした。


 すると、彼は手にした短い鞭で御堂筋(みどうすじ)へ出る階段を指し示す。


「先生。そっちやない。アッチから行った方が早いで」


 確かに言われてみれば、人の往来の激しい商店街を通るより、大通りを進んだ方が早いかもしれない。


 鉄太はその提案に従うことにした。


「お前、みんなに先生って呼ばせてんのか?」


 藁部(わらべ)が隣から話しかけて来た。


「ちゃうわ。アッチが勝手に呼んでるだけや」


「ふ~~ん。コロジイってなんか可愛(かわえ)え呼び方やな。シシシシシ」


「せやな」


 コロジイとは、漢字で書けば殺爺(ころじい)であり、あの老人の口癖の「ぶち殺すぞ」に由来するもので、全く可愛(かわい)さの欠片(かけら)もない呼び方なのだが、彼女との仲を進展させたくない鉄太は最小限の返しに務めた。


 電車賃節約のため一駅歩くのが裏目に出たようだ。


 こんなことならば、電車賃をケチらずに球場最寄りの難波(なんば)駅まで寝たふりをすべきだった。


 後悔しきりの鉄太であったが、藁部(わらべ)は、そんな鉄太の気持ちなどお構いなしに話しかけて来た。


「何やあのピンクの人ら? 募金活動やろか?」


 地上への階段を上りながら藁部(わらべ)が斜め上を指さした。


 いいかげんウザイので、得技の無意識的相槌(あいづち)モードに移行しようと思いつつ視線を階段の先に向けると、確かに彼女の言うように階段の出口の両サイドにピンクのTシャツを着た人がいた。


(募金か……)


 鉄太は募金に対して好意的な感情を持っていない。


 ロクに仕事がない上に、数百万の借金がある身としては募金などできる金があるはずもなく、募金を訴えている人の前を何もせずに通り過ぎるときに、ちょっとした罪悪感を覚えさせられるからだ。


(しかし、何人並んどんのや?)


 階段を上るにしたがって、視界に入るピンクシャツの人数がどんどん増えていく。


「こんな人数がおんのなら、募金活動するより、みんなで働いて寄付した方がよっぽど効率がええんとちゃうか? シシシシシ」


 藁部(わらべ)が皮肉を言った。


「なるほど。ホンマやな」


 鉄太は募金に対して感じていたモヤモヤする部分を、的確に指摘したその理屈に素直に感心した。


 初めて彼女と価値観の合う部分が見つかったような気がした。


 しかしその直後、鉄太はピンク色のTシャツを着た連中の目的が、募金活動などではないことに気が付いた。

次回、19-4話 「目玉焼きにはマヨネーズ」

つづきは3月6日、日曜日の昼12時にアップします。

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