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笑いの方程式 大漫才ロワイヤル  作者: くろすけ
第十九章 待ち合わせ
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19-2話 二人の距離を縮めると

 時刻は午15時少し前。


「姫や~~! 姫がお越しにならはったで~~! フォーーーーーー!!」


 階下から、1号室住人の日茂(ひも)の大声が、二階の8号室の部屋の中まで届いた。


 彼の言う姫とは、藁部(わらべ)と五寸釘のことだ。


 実は、始球式が行われる大咲花スタヂアムには、彼女らと共に行くことを約束していたのだ。


「よし、行こか」

「了解っす」


 開斗は白杖を手にし、月田は立ち上がった。


(どこが姫やねん)


 心の中で毒づきながら鉄太も立ち上がった。


 お世辞にも美人と言えない彼女らを、このアパートの住人らは姫と呼ぶ。


 その動機は、エサを恵んでもらえるからに他ならない。


 それに気をよくしたのか、彼女らは週に2回も3回も来るようになっているのだ。


(絶対ホストクラブにはまるタイプやな)


 そのようなことを思いなら鉄太は開斗の腕を(つか)んで立ち上がった。



「まいど」


 月田がドアをあけると、鳥羽と九頭(くず)武智(むち)が廊下でスタンバっていた。


「まいど」と応じる鉄太ら。


 見れば二人とも部屋着ではない。特に、鳥羽は咲神(しょうじん)の帽子や法被(はっぴ)やメガホンといった咲神(しょうじん)グッズで身を包んでいる。


 どうやら付いてくるつもりらしい。


 月田を前に、鳥羽と九頭(くず)武智(むち)を後ろにして階下に降りてくると、玄関に丑三つの二人が待ち構えており、また、1号室から4号室の前のドアにはそれぞれ各部屋の住人、日茂(ひも)新戸(にいと)鷺山(さぎやま)羊山(ようさん)が立っていた。


 そして、鉄太らが目の前を通り過ぎると、彼らは列の後ろに加わった。


「姉さん、お待たせしました」


 玄関に辿り着くと月田が彼女らに(しゃ)した。


「別にオマエ待っとたんとちゃうわ」


 藁部(わらべ)が、別に言わなくてもいいような返しをすると、月田は勘に触ったようだ。


「アンタに言うてないっすわ。五寸釘姉さんに言うたんや」

「アンタってなんや! カンパしてやった恩をもう忘れたんか!」


「はいはいはいはい。取り()えず外出よか」


 言い争いになり始めたところで、五寸釘が手打ち鳴らして止めた。


 流石である。



 それから約5分後、アパートの庭に全員が出揃(でそろ)った。


 ただし、全員というのは、顔を出した住人という意味であり、5号室の醐味(ごみ)は出て来ていない。


 が、そのことに鉄太は疑問を持たない。


 来るも来ないも彼の自由であるし、やっかい者は少ないに越したことはないのだ。


 開斗が五寸釘の腕を保持したのを見て、


「ほな、行こか」


 鉄太は出発の言葉を口にして足を進めた。


 下手に庭先で雑談タイムなど作っては、醐味(ごみ)がいないなどと言い出す者が現れないとも限らない。


 さっさとこの場から離れた方が吉というものだ。


 だが、門から少し出たところで、待ったの声がかかった。


 驚いて振り返ると、鳥羽と九頭(くず)羊山(ようさん)新戸(にいと)日茂(ひも)の5人が門の脇で止まっていた。


「どないしました?」


 鉄太が恐る恐る尋ねると、鳥羽は意外なことを口にした。


「ここでお別れや」


「えぇっ!?」


 鉄太だけでなく他の者も驚く。鳥羽は咲神(しょうじん)グッズに身を包んでいるのだ。


 まさか見送るためだけにそんな姿になったのだろうか?


 もちろんそんな殊勝(しゅしょう)な心遣いではなかった。


「ワシらテクシー(・・・・)やから」


 テクシーとは死語に近い言葉で、徒歩の擬音〝てくてく〟とタクシーを掛けた洒落言葉である。


 要するに歩いて行くということだ。


 考えてみるまでもなく、このアパートの住人は皆、超貧乏人なのだ。


 野球観戦と交通費は結構な経済的負担に違いない。


 むしろ一緒に来ようとする武智(むち)鷺山(さぎやま)に対して、電車賃をせびってくるつもりではないのかと警戒感すら覚える。


「じゃーなーー! また球場でなーーーー!」


「必ずやでーーーー!!」


 鳥羽ら徒歩組5人は手を振り、武智(むち)は短鞭を振っている。


「今生の別れか」


 大声で叫び合う彼らに開斗がツッコんだ。


 笑月町から心咲為橋(しんさいばし)までの道のりは約13km。速足ならば2時間半はかからない。


 17時半の始球式には間に合うだろう。


 しかしそれは、電車を使えば早く着きすぎるということでもある。


 もちろん鉄太と開斗は下準備もあり、16時入りを要請されているからこの時間に出発しているのだ。


 他の5人(月田、藁部(わらべ)、五寸釘、鷺山(さぎやま)武智(むち))は何のために早く行くのだろうか?


「ゲーム始まるまでどないするんや? 後からゆっくり来た方がええんとちゃうか?」


 鉄太は、当然のように横を歩く藁部(わらべ)に、一緒に来ないで欲しい旨を遠回しに伝えてみた。


 もちろん、「分った」など、こちらの要求を受け入れる返事があるはずもない。


 彼女は二人の距離を縮めると、鉄太に問い返す。


「じゃあ、逆に聞くけど、それまでの時間、何しとったらええんや?」


 何か趣味でもないのかと聞こうとして、思いとどまった。


 変に会話が続くと、さらに泥沼にはまりかねない。


「スルメでも()うてきて吸盤でもむしっとたらええがな」


 鉄太は、いつぞやの宴会での所業を当てこすった。


 すると、藁部(わらべ)に右肩を思いっきりグーパンされた。

次回、19-3話 「借金が、ある身としては募金など」

つづきは3月5日、昼12時にアップします。

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