18-2話 黄色の数珠を取り出した
「馬脚を現したな。こん詐欺師が!」
「はて、詐欺師とは私のことでしょうか?」
開斗に一喝されるも涼しい顔で受け流す鷺山。
その態度が癇に障ったのか開斗はさらにヒートアップする。
「当ったり前や。お前以外に誰がおるんや。何や知らんが、どーせガラクタみたいなモンを売りつけようとしとるんやろうが」
「ガラクタではございません。ファイヤークリスタルブレスレットです」
「名前なんてどーでもえーわ。インチキなガラクタ売りつけんなって言うてんねん」
「おやおや? 霧崎殿はこのファイヤークリスタルブレスレットを買われたことがあるのですか?」
「あるわけないやろ!」
「でしたら、買いもぜず使われてもいないのに文句を言うのはおかしいのではないですか?」
「アホか! 買わんでも分かるわ!」
言い争う開斗と鷺山に挟まれた鉄太であったが、淀川の河川敷でも似たようなことがあったなと思ったとき、ふと脳裏にある光景が浮かんだ。
「あ、そうや! 〈第七艦隊〉さんや!」
「何や、どうしたいきなり?」
「実はな……」
鉄太は、開斗に思い出したことを告げる。
2週間ほど前、淀川河川敷で〈第七艦隊〉に怒られ頭を下げた時に、彼らの腕に鷺山が腕にしているのと同じ、透明な数珠がはめられていたことを。
その話を聞いた開斗は数瞬考え込んだ後、「そーゆーことか」と吐き捨てるように言った。
「カイちゃん。もしかして……」
「そやろな。ストラトが言うてた〈第七艦隊〉を誑かした霊媒師っちゅうのがコイツや」
鉄太はゾッとした。
開斗に止められていなかったら、危うく500円をドブに捨てるところであった。
また、鷺山を自分のことを理解してくれるいい人と思い始めていただけにショックも大きい。
鉄太は、鷺山から距離を取るべく、2歩後ろにさがった。
しかし、明確な拒絶の意思を示されてもローブの男は笑顔のままであった。
「一体何の話でしょうか? 私は霊媒師などではございませんよ」
「しらばっくれんなや! 茶髪の天ねんパーマデブと、金髪のロン毛デブに、そのガラクタ売りつけたやろ」
先輩芸人に対してヒドイ言いようではあるが、鷺山には誰について話しているのかは伝わったみたいで、彼は数珠を持つ手の人差し指を立てて前後に振った。
「あーあーあー。思い出しました。私がお救いした方々ですよね。確かにおっしゃるようにあの方々には数珠をお譲りしました」
「何が、〝お救いした〟や。人の不幸に付け込んでアコギな商売しくさりよってからに。それだけやないで。ワイらがアイツらの運を奪ったとかトンデモないこと吹き込んだやろ。おかげでエラい目に遭うたで。どないしてくれるんや」
開斗が捲し立てる中、鷺山は、片手を広げ〝待て〟というようなジェスチャーをした。
しかし、目の見えない開斗には伝わるワケもなく、言葉が途切れるのを待ってから反論を始めた。
「まず、誤解を正させていただきます。アコギな商売とおっしゃいましたが、この数珠を500円で売っていかほどの儲けがあるとお思いですか?」
確かに。例えオモチャの数珠であっても10円や20円で買えるものではない。
二束三文の壺を10万円で売っているわけではないのだ。
アコギは言い過ぎかもしれない。
鷺山は演劇でもしているかのように、身振り手振りをしながら話を続けた。
「私があのお二人に出会った時、自殺でもしまうのではないかと思うほどヒドイ精神状態でした。
もし、500円が高いとおっしゃるのであれば、彼らの命は500円より安いということになりますが如何に?」
「何、自殺するって決めつけとんねん。そんなガラクタ買わんでも自殺せんかったかもしれへんやろ。人が弱っとる時、狙って売りつけとるだけや。このハイエナが」
「手キビシイことをおっしゃいますな。でしたら、ご迷惑をおかけしてしまったようでもありますし、お詫びの印として、こちらを差し上げましょう」
そう言うと鷺山はローブの内側から、黄色の数珠を取り出して天に掲げた。
「サンシャインクリスタルブレスレットです。これを持つ者には太陽の意思が宿り、勝負に勝つ確率がなんと50%も上がります」
「いるかアホ! 何や50%て」
「おやおや、本当によいのですか? 確か霧崎殿は、次の日曜日に大事な勝負があるとお伺いしておりましたが……」
鷺山は不安を煽るように囁いて来た。
そうなのだ。今日から5日後の日曜日には例の始球式があり、開斗は昼の練習とは別に、夜中に秘密の特訓までしてフーネとの対決に執念を燃やしているのだ。
是が非でも勝ちたいに違いない。
しかし、開斗は心底呆れたようにため息をついてからこう言った。
「あんなぁ、勝負するからには勝ちたいとは思っとるわ。けどな、それはワイの力で勝ちたいんであって、お守りの力で勝ちたいなんて全く思ってへんのや。そいつは、鳥羽のおっちゃんにでもくれてやれ」
彼らしい清々しい答えを聞いて、流石だなと思った。
しかし、正直な話、インチキだと思っていても、鉄太はさっきの赤色の数珠に若干の未練があった。
後でこっそり鷺山の部屋を尋ねて売ってもらおうかと思っていたら開斗から肩をつかまれた。
「テッたん。ウヒョヒョ座ではすまんかった。だから、キャッチボールの練習に付き合うてくれ」
そう言うと開斗は頭を下げた。
あの時の裏切り行為は、腹に据えかねている。だが、先ほどのやり取りを聞いた上で頭まで下げられたら断れない。
「しゃーない。今回だけやで」
鉄太は鷺山に別れを告げ、開斗を連れて近所の空き地へ向かうため回れ右をした。
「それにしてもカイちゃん、随分素直に謝れるようになったやんか」
鉄太がからかうと、無言で手刀ツッコミを食らわせて来た。
次回、第十九章 待ち合わせ
19-1話 「名刺交換しようにも」
つづきは2月26日、昼12時にアップします。