18-1話 同じアパートに住むよしみ
茜色の空を背にして二つのシルエットが寄り添うように歩いてくる。
鉄太と開斗である。
ただし、寄り添うシルエットとは対照的に彼らはそっぽを向いていた。
ウヒョヒョ座でケンカした時のしこりがまだ残っているのだ。
支配人室での口論は、開斗が手刀ツッコミを振るいまくる事態に発展し、流石に堪りかねた下須からケンカするなら外でやれと追い出される結果となった。
鉄太としては、してやったりの結果になったものの、裏切り行為を行った開斗を腹立たしく思っていた。
正直、一緒に歩きたくもないのだが、だからといって目の見えない人間を置き去りにするわけにもいかないので、不本意ながら彼の歩行をサポートしているのだ。
ちなみに、クンカは逮捕されているであろう西錠の身柄を引き受けに行くと言ったので、ウヒョヒョ座を出た後に分かれた。
本来であれば、鉄太たちはウヒョヒョ座の面接を終えた後、他の笑パブへ売り込みに行く予定だったのだが、とてもそんな気になれなかったので、鉄太は帰宅する選択肢を選んだ。
途中、何度か開斗からキャッチボールの練習させろと要求されたが、鉄太は拒否した。
おかげで、地下鉄守口駅を出る頃には、二人とも一言も口を利かないようになっていた。
非常に気まずくはあるが、鉄太は妄想することが得意なので無言の間は気にならなかった。
一般的に妄想というのは益体のないものである。
しかし、鉄太のそれは漫才のネタになることがあるのであながちそうとも言い切れない。
そして、今、鉄太の脳裏で展開されているのは、カエルに関しての妄想である。
ウヒョヒョ座で西錠が言った井の中の蛙という諺が妙に気になっていたのだ。
だが、いい感じに妄想がはかどって来たところで、突如後ろから話しかけられた。
「おや、そちらにおわすは霧崎殿と、立岩殿ではございませぬか?」
振り返ってみれば、紫色のローブを纏った不審者がそこにいた。
しかし、鉄太は驚かなかった。
少なからず見知った人物であるからだ。
この、ローブを纏い大仰な話言葉をする男は、同じアパートの3号室の住人、鷺山冷観であった。
「……まいど」
鉄太はとりあえず挨拶をした。
ただ、態度が素っ気なくなっているのは、妄想を邪魔されたことに対する不機嫌さからではなく、鷺山に対する心証からくるものだ。
鉄太は彼のことを、インチキ霊能力者と認識していた。
一方、鷺山はこちらの嫌悪感を気にもしない様子で、笑顔を浮かべて話しかけて来た。
「いやいや、偶然こんな所でお会いするとは、これも何かの縁でございましょうか?」
「偶然? どーせワイらの帰り道で待ち伏せしとったんやろ? で、なんの用や? どーせまた、しょーもない物売りつけるつもりやろ?」
そう敵意むき出しで応じたのは開斗だ。
元々、引っ越して来た鉄太に、鷺山が胡散臭い人間だと教えたのは彼なのだ。
しかし、鷺山は相当面の皮が厚いらしく、あからさまな敵意さえ受け流す。
「ははは、これは手厳しいですな。しかし、偶然と言うのは本当でございますよ。偶々コンビニ帰りにお二方をお見かけたので、一緒にアパートに帰ろうと思っただけでございます」
「さよか。ま、好きにしたらええやろ。テッたん、さっさと帰るで」
「う、うん」
鉄太は自然な感じで開斗に返事が出来たことにホッとした。
そのような意味で、切っ掛けをくれた鷺山には少しだけ感謝した。
ただ、歩み出そうとする前に、思わぬ言葉を掛けらた。
「そういえば立岩殿。テレビ、視ましたぞ」
「うっ……」
非常にデリケートな話題に触れられ硬直する鉄太。
「お体大丈夫でございますか? テレビの企画とはいえ、ボールを体で受けるのはさぞ痛いことでしょう」
「いや、そうなんですよ! 聞いてくださいよ! ホンマ、やってくることメチャクチャなんですわ! ワテ嫌や言うてんのに誰も話聞いてくれへんし、無理やりド変態にさせられるし……」
突然現れた理解者に、鉄太は積もり積もった不満をぶちまけた。
すると、鷺山は「そうでしょう、そうでしょう」と言いながら鉄太に近づいて背中をさすりだした。
「我慢なんかしなくていいのですよ。嫌なことは嫌と言えばいいのです」
「いや、言うてるんです。言うてるんですが、聞いてくれへんのです」
「左様ですか。それならば、ちょうどお薦めのアイテムがございます」
鷺山はそう言うと、腕にはめる数珠を、ローブの内側から取り出した。
その数珠の珠は赤く半透明である。
そして、それをにぎる彼の手首には、色のついていない透明な数珠がはめられていた。
鷺山は赤の数珠を鉄太の顔の前に掲げ、耳元で囁いてきた。
「ファイヤークリスタルブレスレットです。これを持つ者には炎の意思が宿り、発する言葉には神が宿ります」
「か、か、神!?」
「そうです。神です。ゆえに立岩殿の言葉を誰も無視できません。同じアパートに住むよしみでもありますし、今ならば500円でお譲りしますよ」
500円で皆が自分の話を聞いてくれるようになるならお得なのではあるまいかと鉄太は思った。
ただ、彼がしている数珠を最近どこかで見たような気がしたので思い出そうとしていると開斗が一喝した。
「馬脚を現したな。こん詐欺師が!」
次回、18-2話 「黄色の数珠を取り出した」
つづきは2月20日の昼12時にアップします。