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笑いの方程式 大漫才ロワイヤル  作者: くろすけ
第十七章 ウヒョヒョ座
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17-5話 説得に、鉄太の心は惑ったが

 長いソファーに鉄太、開斗、クンカの順に座り、クンカの前の一人掛けのソファーに下須支配人が腰かけている。


 お茶の用意を申し付けられた押目は、注ぎ口が小便小僧のナニになっているティーポットから洋便器をモチーフにしたようなコップに液体を注いでいる。


 悪趣味極まりない。


 色や匂いからすると紅茶みたいだが、あのティーポットにこのコップでは、まるで血尿である。飲む気が湧いてこない。


 とは言え、目の見えない開斗には全く気にならないことだろう。鉄太は、特に状況を教えることをせず開斗にコップを握らせた。


「おい、テッたん」


 呼び掛けられドキッとした。まさか便器コップで飲ませようとしたのがバレたのかと思ったが、そうだはなかった。


「この人もしかしてあの()の……」


「シーーーーッ。カイちゃんシーーーーッや!!」


 どうやら、開斗も鉄太同様に親子の真実に辿(たど)り着いたようだが、鉄太はその先の発言を封じた。


 もし、藁部(わらべ)との微妙な関係を、目の前で座る男の耳に入れば、どのような災厄が降りかかってくるか知れたものではない。


 西錠への仕打ちを見て分かるように、彼は外道を平然と行う人非人(にんぴにん)なのだ。


 ど汚い陰謀(いんぼう)悪辣(あくらつ)(わな)などに()めようとしてきても、なんら不思議ではない。


 万が一、藁部(わらべ)と結婚させられる羽目にでもなった日には、額に美少年と入れ墨を入れた元ヨゴレ芸人のジジイを「お義父(とう)さん」と呼ばねばならないことになる。


 それは、亞院鷲太(あいんしゅうた)という現代漫才の祖と称される偉大な父を持つ鉄太にとって、例えありえない妄想であっても精神的に受け付けないシチュエーションであった。


 肩で息しながら、こみ上げてくる吐き気と戦う鉄太。


 すると開斗が勝手に下須に質問した。


「一つ聞いてもエエですか? 確か、オホホ座の総支配人は下ネタが大嫌いやと聞いとったんですが?」


 何を言い出すのかと一瞬パニックになりかけた鉄太であったが、言われてみればもっともな疑問だった。


 オホホ座の総支配人は下ネタが大嫌いなのだ。


 鉄太たちがオホホ座の契約を打ち切られたのもそれが原因のはずだ。であるのに、彼女が下ネタの権化のようなこの男と結婚したという話には納得がいかない。


 その疑問に答えたのはクンカである。


「そら、ワシら昔は下ネタなんか一切やらん(さわ)やか系の漫才師だったんやで」


(爽やか? コンビ名、〈下水道〉や言うてなかったか?)


 話の腰を折りたくないので、鉄太はその点に触れなかった。


 そもそも、主観というのは人それぞれである。師匠たちは下水道こそ(さわ)やかな場所と感じるのかもしれない。


 だが、下須がクンカにクレームを入れた。


(さわ)やかなのは〝ワシら〟やのうて〝ワシが〟や。お前はワシのカミさんを下ネタでイジリ倒して激怒させとったやろ」


「カミさんやのうて元カミさんやろ。ってか、あんなイジってくれって言わんばかりの芸名付けといてイジるとキレるとかありえへんし」


「いや、お前しつこいねん。コンビ解散されられた恨みか知らんけど、本気でイヤがってんのに何回もイジるからや」


(え? ()カミさんってことは離婚してんのか? あ、だから藁部(わらべ)と苗字が(ちゃ)うんか)


 先ほどまで、まるで山で遭難し、いつ熊に襲われるか分からない時のような不安を感じていた鉄太であったが、新たに得た情報で(まゆ)を開いた。


 離婚してたのなら、藁部(わらべ)と支配人を繋ぐラインは切れているはずである。


 つまり、傍若無人(ぼうじゃくぶじん)の娘と、悪逆非道(あくぎゃくひどう)の父親がタッグを組んで襲い掛かって来る心配が無くなったことを意味するのだ。


 一気に心が軽くなった鉄太。同時にノドに渇きを覚え、目の前の洋便器みたいなコップを手に取ろうか迷っていると下須から話しかけられる。


「そんなことより契約の話しよか? お前らナンボ欲しいんや? 言うてみい」


 いつ果てることもないと思われた老人たちの思いで話であったが、下須が唐突に鉄太らに話を振って来たのだ。


「お断りします!!」


 鉄太は、開斗が何か口走る前に、断固たる意志を乗せて返事をした。


 支配人室は瞬間的に緊迫した空気に包まれる。


 すると二つ隣に座っているクンカが身を乗り出し、低音に力を入れた声で(すご)んで来た。


「……おい、ワシの顔潰すつもりか? お前らがオホホ座クビになって困ってる言うから無理言うて時間作ってもらったんやぞ」


「すんまへん師匠……でも……」


「でもやあらへん! お前らまだぎょうさん借金あるんやろ? 働く働かんは別にしても、取り敢えず契約だけでもしとけ。な? な?」


 借金という痛い部分を突きつつ、硬軟取り合わせた説得に鉄太の心は惑ったが、そこで助け舟を出してくれたのは開斗だった。


「クンカ師匠。なんか恩着せがましく言うてはりますけど、オホホ座クビになったんは、そもそも師匠のせいやで」

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次回、17-6話 「ぶっきらぼうに言い放ち」

つづきは2月12日、土曜日の昼12時にアップします。

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