5-3話 役に立たないアドバイス
「大丈夫でやすか?」
金島が立ち去ったことにホッとした鉄太が上体を起こした時、不意に声をかけられて叫びそうになる。
反射的に振り向くと、そこにはヤスがしゃがんでいた。もしかしてと思い、鉄太はキョロキョロ辺り目を走らせる。
「あぁ、アニキなら帰りやしたよ」
「そ、そうなん?」
しかし、帰ったと言われてハイそうですかと信じるほど、鉄太はこの男を信用していなかった。
ひょっとしたら、どこかに隠れてて自分がサボったのを見計らって蹴り飛ばしにやってくるのではないかと勘繰った。
「――で、まだ何かあります?」
鉄太は、言葉を選んで問いかける。
このヤスという男、一見して腰の低い小男なのだが、やはり裏社会に属する人間だ。ぞんざいな態度をとって、ヘンな敵意を持たれたくはなかった。
「別に大した用事はないんでやすがね……あ、よかったらコレ」
ヤスは、オレンジジュースの缶を鉄太の隣に置いた。250mlのスチール缶だ。
「あ、ありがとう……」
緊張でノドがカラカラになっていた鉄太はつぶつぶの入ったオレンジジュースを一気に飲み干す。そして、改めてヤスのことを観察する。
年のころは二十台前半だろうか? 上はアロハシャツ、下はジーンズにスニーカー。
眉毛を剃ってパンチパーマをしているから強面に見えるが、それがなければ優し気な顔立ちと言えなくもない。
フルネームは知らない。ヤスという呼び名は、語尾に『やす』をよく使うから付けられた渾名のような気もする。
案外いいヤツなのかもしれない。
「気にせんでくだせえ。ジュース代はテツさんの借金にツケときやすんで」
「! ちょ、ちょ、ちょと、そらズルイて。そんなん先、言うてもらわんと! だったらワテ飲まんかったし!」
鉄太は、ヤスの評価をアカン奴と認定する。
「でも、昨日までのバイト代、あっしからダマし盗ってたんでやすよね?」
「んん~~~?」
そこを突かれると痛い。
鉄太はハイともイイエとも取れないような返事をして、すでに空になったジュースの缶をあおり、飲んでいる振りをする。
「安心して下せえ。そんな細けぇことで、イジメよう思っとりやせんので」
相当イジメられている気がするが、さっさと帰って欲しいので反論はしない。
すると、ヤスは意外な言葉を口にした。
「アニキのことなんでやすが、あんまり悪く思わんでくだせえ。アニキも昔、お笑い目指しとったんで、テツさんたちには複雑なんでやす」
「はぁ……」
「昔、自信満々で大咲花に出てきたものの、辻漫才の勝負でコテンコテンに笑わかされて、お笑いあきらめたって、言ってやしてね……」
金島がお笑いを目指していたことは鉄太にとって初耳であった、しかし、そんなこと言われても、「だから何やねん?」としか思えない。
悪く思わなかったら借金をまけてくれるというワケでもないだろうし。
「一つ、あっしからのアドバイスなんでやすが……」
そう言いつつヤスは立ち上がる。
(何や? ゴマの擦り方でも教えてくれるんか?)
いぶかる鉄太にヤスは笑顔で告げる。
「目ん玉より、足の骨の方がおすすめでやすよ。目ん玉は一回取ったら終わりでやすが、足の骨の方は何回もできやすんで。 ま、どっちも嫌なら、ティッシュ配り頑張ってくだせえ」
鉄太は、クソの役にも立たないアドバイスに、心の中で罵りながらヤスを見送った。
つづきは来週月曜の7時に投稿します。