17-3話 ア、アホか。それはボケの方だけや
「ウヒョウヒョ座支配人の下須や。よろしゅうな」
ボティービル選手が履くような黒いブーメランパンツの老人が仁王立ちで自己紹介をした。
おそらく還暦は超えているであろう。
ツルッ禿げではあるが、精力は衰えていなさそうな雰囲気がある。
色々と特徴はあるのだが、額に刻まれている「美少年」という漢字のインパクトが強すぎて、鉄太は思考停止状態になった。
しかし、クンカは別段驚いた様子もなく下須にツッコんだ。
「仕事時間やろ? 何プレーしとんのや」
「プレーやない。マッサージや。マッサージチェアなんかよりもコッチの方が効くで。お前らもどや?」
どうやらこの老人は、ムチで叩かせて肩や腰のコリをほぐしているようだった。
そして、クンカが支配人に答えようとした時、横から西錠が割り込んだ。
「支配人、ちょっと聞いてええですか? 額のそれ、油性ペンでっしゃろ?」
よくぞ聞いてくれたと思った。実は鉄太も気になっていたところだ。
行書体で書かれた〝それ〟は、ペンで書いたようには見えないのだが、いくらなんでも入れ墨というのはリスクが大きすぎる。
しかし、下須は自分の額を人差し指でコツコツ叩きながら返答した。
「入れ墨やで」
西錠は膝から崩れ落ちた。
「ぐはっ! レ、レベルが違いすぎる~~! 所詮俺らは井の中の蛙やったんか~~」
「一体何が起きとんのや?」
鉄太は、目が見えないため一人取り残されている感のある開斗から状況を尋ねられた。
鉄太は相方に、ウヒョヒョ座の支配人が、ハゲの老人で額に美少年の漢字の入れ墨をしていたことを手短に伝え、ついでに気になったことを尋ねる。
「カイちゃん、〝いのなかのかわず〟って何や? 〝胃の中のおかず〟なら分かるけど」
「胃袋の胃とちゃう。井戸のことや。ほんで、蛙っちゅうのはカエルのことや。〝井の中の蛙、大海を知らず〟要するに世間知らずとか田舎もんちゅう諺や」
「ん? それおかしない?」と言った直後、ネタとして使えるかもと鉄太は思った。
「コラッ。お前ら何しに来たんや。支配人にちゃんと自己紹介せんかい」
クンカから注意され、私語を止めた鉄太であるが、この部屋に入った瞬間から、あまりここで働きなくないという気持ちからから、絶対こんな所では働きたくないという決意に変わっていたので自己紹介などしたくはなかった。
黙っていると、床の方から「初めまして!」と声が上がった。
そして、床に突っ伏した姿勢のまま、西錠が自己紹介を始めた。
「西錠笑夢男。54才。芸名は〈マゾ西錠〉。芸歴31年。得意分野は被虐。是非ここで働かせて下さい!」
しばし静寂の時が流れた後、下須はクンカを睨んで問いかけた。
「おい、久彩。どういうこっちゃ? 今日連れて来る〈満開ボーイズ〉はコンビやと聞いとったが、トリオなんか?」
「嫌味言うな。〈満開ボーイズ〉はこっちの黒スーツの2人だけや。床のヤツはオマケや。まぁ、ワシに免じて面接だけでもしてやってくれんか?」
クンカの要求に下須は溜息と共に「まぁ、ええか」と呟くと西錠の前にかがんだ。
ちなみに久彩というのはクンカの苗字である。
〈靴下クンカクンカ〉。本名を久彩澄という。
「おい、亀甲縛り。今、ウヒョヒョ座が求めとんのは、どぎつい淫語を並べ立てとるだけの上っ面な連中やない。本物の変態や。お前、変態か?」
「勿論変態です!」
目の前のブーメランパンツに西錠は間髪入れずに答えた。
支配人は一言、「不合格や」と言って立ち上がった。
「何でや! 支配人はん! 何がアカンのですか? 本物の変態欲しい言うてましたやん!」
「お前は偽物や」
「何が偽物ですの? そら支配人には負けとるかもしれんけど、俺以上の変態、ちょっとおらしまへんやろ」
西錠は下須の足首を両手でつかんで必死に哀願するが、彼はそれに答えず鉄太に質問をする。
「おい、そこの太っちょ。お前、変態か?」
誰が太っちょやねんと思いながら鉄太は「ちゃいます」と返事をした。すると今度は開斗に「でっかい方はどや?」と質問をした。
開斗も「ちゃうわ」と否定の返事した。
下須は足元の西錠を見る。
「これが答えや。コイツらは腕や視力を失うほどの特殊なプレーしても普通のことやと思っとる。本物の変態は自分で変態とか言わんのや」
「ちょっと待ったらんかいジイさん」
開斗は間髪入れずにツッコんだ。しかし、下須は「エエ話するから黙って聞いとれ」と開斗の言を封じた。
そして、腕組みをすると全員に聞かせるように話し始めた。
「偽者は人から変態と言われんから自分で変態です言うて、変態みたいな恰好でアピールすんのや。例えば亀甲縛りとかな。でも本物は変態が滲み出とるから自分で変態と言わんでも分かるし、変態みたいな恰好でアピールもせんのや」
(どこがエエ話やねん)
下須はドヤ顔をしているが、話の中身としては、同じことを語順を変えて言っているだけであった。
「オイ、ジイさん。何、人のコト勝手に変態って決めつけてんねん」
開斗は下須に毒づいた。
しかし、その抗議に鉄太は、少し滑稽さを感じた。鉄太は以前開斗に言われたことを彼の耳元でささやく。
「漫才師にとって変態は誉め言葉やないんか?」
「ア、アホか。それはボケの方だけや」
一瞬、言葉に詰まった開斗であったが、すぐに言い返してそっぽを向いた。どうやら、少しバツが悪いと感じたようだ。
一方、西錠はなおも支配人の足から手を離さずに訴える。
「俺の亀甲縛りがアピール言うなら、支配人の入れ墨だってアピールでっしゃろ。それに、俺らが来る時間知ってて、手の込んだ小芝居してたんとちゃいまっか? そもそもズタ袋被ってる意味ないですやん」
西錠の指摘に下須は笑って応えた。
「フフフフフ、お前の言う通りや。ワシは変態とは程遠い普通の男よ」
「ドコがやねん」
「ウソこけ」
額に美少年と入れ墨を入れた老人は開斗とクンカのツッコミを無視して語りつづける。
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次回、17-4話 「入れ墨を、額に刻んだ老人が」
つづきは2月5日、土曜日の昼12時にアップします。