17-2話 背中に赤いミミズ腫れ
クンカは出入り口脇の管理室通り過ぎようとしたが守衛にい呼び止められた。
入館証を渡すから書類にサインをしろとのことである。
「前来たときは、こんなんせえへんかったけどなぁ」
関係者を気取っていたクンカはバツが悪そうにブツブツ言いながらサインをした。
しょうがないので、鉄太らもそれぞれ誓約書みたいな書類にサインをして首から下げるタイプの入館証をもらった。
入館証のケースの中には「ゲスト」とマジックで書かれた厚紙が入っているだけだった。
意外とチープな作りに鉄太は軽く失望した。
基本的に色街での仕事は断るつもりだが、もし仮にギャラが法外に高いのであれば借金を返済するまで別のコンビ名を名乗るなどして働くこともやぶさかではないと、ほんのチョッピリだけ考えていた。
だが、細かい部分に金を掛ける余裕がないのであればオホホ座のようなギャラは望めなさそうだ。
鉄太は断る決意を強めてクンカの後を追ったが、クンカがエレベータの前を素通りし階段の方へ向かうのを見て声を掛けた。
「ちょっと、師匠、ドコ行きますの? エレベータここですって」
「知っとるわ。支配人室には階段からしか行けんのや」
「ホンマですか?」
半信半疑で階段の方へ足を運ぶと、なんとクンカは上ではなく地下の方へと降りていくではないか。
もしかして地下に非合法な笑パブでもあるのだろうか?
何となく犯罪的な臭いがする。
「さっさと行かんかい!」
「あぶないですわ西錠兄さん。カイちゃん目ぇ見えんのですよ」
後ろからせっついてくる西錠を牽制しながら鉄太は開斗を連れて地下階に降りる。
踊り場を曲がると階段の先にドアがあった。磨りガラスが嵌め込まれている木製のボロいドアである。しかし、そのドアの上にはプレートがあり支配人室と記されていた。
「これ、何の音や?」
階段を半ばまで降りた時、開斗が問いを発した。
全員立ち止まる。
耳を澄ますと確かに一定の間隔で「ペシン、ペシン、ペシン、ペシン」と肉を打つような音がする。それも支配人室のドアの向こうからである。
「もしかして、俺らの得意分野のSM勝負しようとしてんのかもしれへんな。それなら堂々と受けてた立とぉやないかい。腕がなるでぇ」
興奮気味に西錠が鉄太の耳元で囁いて来た。
(誰が俺らや)
鉄太は心の中でツッコみ、西錠を無視して階段を降り出した。ただ、もしかしたら支配人室でものすごくエッチなことが行われているのではないかと妙なワクワク感が高まった。
「お前ら。失礼の無いようにな」
ドアの前でクンカが一同に注意を促す。
鉄太は取「はい」と返事をして生唾を飲み込んだ。
1つの可能性ではあるが、露骨な接待があるかもしれない。
ここは色街なのだ。超美人な嬢たちがセクシーな下着姿で迫ってこられたら、おかしな内容の契約をしてしまうかもしれない。強靭な精神力が試されるだろう。
先頭のクンカはドアをノックして来訪を告げた。
すると支配人室から聞こえていたリズミカルな打肉音が止まり、中から「どうぞ」と男性の声で返答があった。
「お邪魔するでぇ」
支配人室に入るには割りと失礼な挨拶をしてクンカがドアを開けた。
すると中には想像を絶する光景があった。
なんと、正面の壁に黒いパンツを履いた子供が背中向けに張り付けられており、その脇に執事風服装の男が房の沢山ついたムチを持って立っていた。
また、張り付けられている子供は頭からズタ袋をかぶせられ、白い肌の背中には赤いミミズ腫れが幾筋も浮かんでいた。
変態と言うよりは犯罪である。
舌の先に痺れを感じるヤバい感覚に、鉄太が逃げようとした時、横から西錠が緊張感のない声でこう言った。
「あれ? もしかして、押目はんとちゃいまっか?」
西錠の言葉に、紳士風の男をよく見てみる鉄太。
押目という名前に聞き覚えはなかったが、目の前の灰色のオールバックの髪型の男性には確かに見覚えがあった。
豆球チーム、大咲花アイアンズの一員で、老人たちの中で異彩を放っていた長身の紳士であった。
「いかにも、押目睦夫です。ようこそお越し下さいました」
押目は優雅に一礼をした。
「すると、あんさんがウヒョヒョ座の支配人ですか?」
「いいえ、私は秘書でございます」
震えながら尋ねる西錠に押目は静かに頭を振る。そして、「支配人はこちらのお方です」と言い、一歩左にずれ、壁に張り付けられている少年の方へ両手で案内するような仕草をした。
そう言えば西錠が支配人は美少年だと言っていた。
あの話は本当だったのか?
だが本当だとして何故、秘書が支配人に対してムチを振るっていただろうか?
疑問を解くべく改めて少年の方を見た時、鉄太は自分が大きな勘違いをしていたことに気付いた。
まず、壁に張り付けられてなどいなかった。
彼は壁に取り付けられている取っ手を自らつかんでいたのだ。しかも彼は少年などではなく、背の低い大人だったのだ。
背中のミミズ腫れのインパクトが強くて見逃していたが、シミや皺の多いたるんだ皮膚はどう見ても少年のものではない。
そして、取っ手から手を放した男が正面を向いたとき、手足がやせ細っているのに下腹がポッコリ膨れているカエルのような老人特有のスタイルに確信を強めた。
背の低い男は自ら頭に被せられていたズタ袋を取った。
現れた顔を見た鉄太は息を飲んだ。
西錠は絞り出すように呟いた。
「美少年……やと……」
支配人だという老人は頭に毛は一本もなく、顔は下膨れ。美醜の観点から言えば明らかに醜かった。
ただ、額に漢字で大きく左から右へ「美少年」と刻まれていたのだ。
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次回、17-3話 「ア、アホか。それはボケの方だけや」
つづきは1月30日、日曜日の昼12時にアップします。