17-1話 それなりに、資金力はあるようだ
太陽が少し傾いた頃、雑居ビルが立ち並ぶ細い道を男たちがダイヤのフォーメーションで歩いていた。
先頭は落ち武者のよな髪型の老人。後ろに黒スーツの若者二人が並び、最後尾は服の上から亀甲縛りをしている中年と続く。
クンカ、鉄太、開斗、西錠の4人である。
笑比寿橋商店街からやや西にある難波駅のほど近い地区。
昼間であるのにかかわらず開いている店は少なく人影がまばらなのは、歓楽街ではごく当たり前の光景である。
ただ、鉄太らが普段活動拠点としている心咲為橋付近と異なり、ピンク色の看板がやたらと目に付いた。
大咲花のミナミ呼ばれるこの地区は、かつて遊郭があった地区であり、その名残から風俗店が集まっているのだ。
「昔はもっと凄かったんやで」
戦前はこの付近一帯が風俗店だったのだが、規制やら後継難やらで歯抜けのようになってしまったという。
前を見たまま語るクンカの背中は寂しげであった。
そんなクンカに鉄太は「そうですか」と興味無さげに相槌をしながら後を追う。
ただ、視線は忙しく左右に動き、ストレートに下品な看板の数々を脳に刻み込んでいた。
鉄太にとって難波駅付近は、心咲為橋から目と鼻の先にありながらあまり踏み入ったことのない地区であった。
イケイケだった頃はナンパすれば事足りたし、腕を失ってからは金銭的な理由で立ち入る事が憚られたからだ。
では、なぜ本日このような場所に足を踏み入れたのかと言えば、オホホ座をクビになったことを知ったクンカに是非笑パブを紹介させてくれと言われてしまい、断わるに断わり切れなかったのだ。
クンカからの紹介を遠慮したい理由は、彼の芸風を考えればどのような店を紹介されるか予想できたからである。
そして案の定、色街に連れてこられたわけだ。
このような場所では客層が極端に偏るので、求められる笑いも自然下ネタばかりになる。
下楽下楽など心咲為橋界隈にある底辺の笑パブでも下品な下ネタは好まれているが、こちらの方はより直接的なエグいネタらしい。
別に鉄太はエロが嫌いとか、笑いとしての下ネタを否定するつもりは無い。
だた、自分たちが目指してきたのは、老若男女誰もに笑ってもらえる大衆型の漫才師である。
対して下ネタは性別や年齢を選ぶ特化型の漫才なので方向性が違うのだ。
付いて来たのはクンカの顔を立てるためであり、受けるつもりは無かった。
ちなみに西錠がいるのは、クンカが鉄太らに笑パブを紹介する話に乗っかろうと無理矢理に付いて来たのだ。
クンカは迷惑そうだったが、鉄太としては好都合な身代わりであった。
「着いたで。ここや」
そう言って振り返ったクンカの後ろには、3階建てのビルがあった。
「テッたん。どんな店や?」
「店やないな。ただのビルや」
開斗の問いにそう答えた鉄太であったが、よくよく見てみれば所有者を示す看板らしき物が何も無く、さらにこれ見よがしな監視カメラが取り付けられているなど堅気とは思われない雰囲気が漂っている。
クンカは「行くで」と声を掛けて出入り口に向かおうとしたが、鉄太は慌てて彼を呼び止めた。
「ちょ、ちょっと待って下さい師匠。ドコ紹介してくれはるつもりです? いい加減教えてくれませんか?」
「行ってからのお楽しみ言うたやろ」
「いや、もう来てますやん。教えてくれんとコワくて中に入れませんわ」
「ビビリやのぉ。大咲花の色街笑パブの最高峰と言えば分かるやろ?」
クンカは大ヒントのつもりで言ったらしいが、この方面に疎い鉄太にはピンとこなかった。
もしかして開斗なら知っているかと思ったが、首をひねっているので分かっていないみたいだ。
ただ、そんな中、一人不敵な笑みを浮かべているのが西錠であった。
「やっぱり俺の睨んだ通りや。ウヒョヒョ座でっしゃろ? クンカ兄さん」
「そうや」
「ウヒョヒョ座!?」
聞いたことが有るような無いような語感だった。すると開斗がクンカに尋ねる。
「それもしかして、オホホグループの店とちゃいまっか?」
言われてみればオホホグループっぽい名前であった。しかし、〈満開ボーイズ〉はオホホグループを出禁になったので、系列店を紹介されてもそこで働くことはできないし、それはクンカにも話してあることだ。
「安心せぇ。確かにウヒョヒョ座はオホホグループの店やけど、運営は完全に独立しとるんやで」
クンカが言うには、オホホグループの笑パブは基本的に下ネタを認めていないので、表向きはウヒョヒョ座をグループの一員と認めていないとのことである。
体よく断る理由が無くなってしまい鉄太がガッカリしていると、西錠が後ろから声を掛けて来た。
「立岩。ウヒョヒョ座の支配人は大咲花変態界の頂点や。それに聞いた話やけど、どえらい美少年らしいで」
「美少年!?」
如何わしい言葉の響きに鉄太は眉間にシワを作った。
一方、開斗は西錠の言をバッサリと否定する。
「マンガやあるまいし、少年が支配人になれるわけないやろ。風営法どころか労働基準法違反や」
「いやいや、親の跡目次いだりとか形式的な支配人とかとちゃうか? 知らんけど。まぁ、十年ぐらい前に聞いた話やから、流石に今は少年とちゃうかもな。
何にせよ、俺ら心咲為橋の変態代表として恥をかかんようにせんとな」
そう言うと西錠は鉄太の肩を叩いたのだが、鉄太はその手を払いのける。
「勝手に代表にするのやめて下さい。ワテ変態ちゃうし」
「テッたん。SMボールの開祖なんやろ。自覚持てや」
「SMボールって言うのやめて! せめて豆球や。あと、開祖って言うなら、むしろカイちゃんの方が開祖やろ」
「お前らええ加減にせぇ。ええからこっち来い」
いつの間にか出入り口に行っていたクンカは、インターフォンを呼び出しを押し、何か二言三言告げたようだ。
するとドアが自動で開いた。
オホホグループの系列だけあって、やはりそれなりに資金力はあるようだ。
ビル内に入ると、すぐ脇に管理室があった。
クンカは「ご苦労さん」と声を掛けて通り過ぎようとしたが、守衛に呼び止められた。
次回、17-2話 「背中に赤いミミズ腫れ」
つづきは1月29日、土曜日の昼12時にアップします。