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笑いの方程式 大漫才ロワイヤル  作者: くろすけ
第十六章 クビ
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16-6話 魂を、売るには安い金額だ

 山のように盛られていた焼きそばが跡形もなく消え、宴会はお開きの流れとなった。


 結局、藁部(わらべ)は一言も発することはなかった。


 しかし、帰り支度を始める前に五寸釘が藁部を(うなが)し始めた。


「ほら、何んや言う事あるんやなかったの?」


 しかし、なおも無言を貫く藁部(わらべ)


 鉄太らが固唾(かたず)を飲んで見守る中、彼女は一言(つぶや)いた。


「……ゴメン」


(何が?)


 四月中旬のWデートから今日まで、一か月程度の短い期間ではあるが、このオカッパを不快に思ったことは10や20では収まらないだろう。


 ただ、何の件で彼女が謝っているのかと自問しても答えは出てこなかった。


 静寂が支配する空間で、五寸釘が理由を聞けというように鉄太を睨みつけてきた。


(何でワテが聞かなアカンねん)


 謝った理由は気にはなったが知りたくはなかった。絶対ロクなことではないのだ。


 だが、無言の圧力に耐えかねた鉄太は渋々尋ねた。


「何がや?」


「オホホ座クビになったんやろ? だから謝ってんねん」


「は?」


 なぜ、鉄太らがオホホ座クビになったからといって、藁部(わらべ)が謝るのだろうか?


 鉄太らがクビになった理由は、変態的なキャッチボールをしていたことが総支配人の癇に障ったことなのだが、もしかして、そのことを総支配人に教えたのが彼女ということなのか?


「もしかして、キャッチボールのこと総支配人に告げ口したの、お前か?」


「キャッチボール? 何のことや? ウチのオカンがしたこと謝ってんねん!」


(オカンがしたこと? コイツのオカンって誰や? いや、もしかして……)


「もしかして、総支配人に告げ口したの、お前のオカンか?」


「さっきから何や告げ口て? ウチのオカンがお前をクビにしたこと謝ってんねん!」


「え~~~~~~~!?」


 大げさな驚き声を上げたのは鉄太でなく月田であった。


「オカッパ姉さん、オホホグループの御息女(ごそくじょ)やったんすか!?」


「誰がオカッパ姉さんや!」


 藁部(わらべ)は月田に、〝このみ姉さん〟と呼ぶように指導した。


 その様子を(うかが)いつつ、鉄太は藁部(わらべ)がオホホ座の総支配人と全然似ていないので、彼女が総支配人の娘との発言に疑いの心を持った。


 ただ、総支配人を見たことがないからなのか、鳥羽や武智(むち)たちは素直に信じたようだ。


「やっぱ姫やったんか!」

「マジか!?」

「えらいこっちゃ!」

「どおりで気品あるて思ってたわ」


 なにしろオホホグループとは、関西では知らぬ者はいないブランド企業なのだ。


 これまでは、五寸釘を丁重に扱っていた彼らであったが、手のひらを返したように藁部(わらべ)(うやま)い出した。


 彼女らを送り出す時、花道を作ったのはいつもと同じであるが、全員大声で「バンザイ」を繰り返したので、付近の住民たちが窓から顔を出すような事態になった。




「立岩先輩、やったやないですか。逆玉っすか?」


 彼女らを地下鉄駅まで送り、部屋に帰ってきた鉄太に、月田が興奮しながら詰め寄って来た。


 鉄太は開斗を座らせると、ウンザリしながら反論する。


「何や逆玉て。ワテの家かてそんなワルないで」


 何しろ鉄太の親は、笑理学を著し、笑林寺漫才専門学校を立ち上げ、現代漫才の祖とも言われる亞院鷲太(あいんしゅうた)なのだ。


 資産規模は敵わないかもしれないが、ネームバリューという点では上だと思っている。


「いや、そうかもしれませんけど、借金返してもらえるとちゃいますか?」


「月田。それ男として恥ずかしないんか?」


 (たま)りかねたように開斗が横からツッコんだ。


「……すみませんした」


 鉄太と開斗に頭を下げる月田。


「カイちゃんありがとう」


 開斗に礼をいう鉄太であったが、借金の返済で藁部(わらべ)を頼りたくない理由は恥という概念より恐怖であった。


 (おぞ)ましい考えではあるが、仮に藁部(わらべ)の家の婿養子となり、借金まで返済してもらった場合、彼女に一生頭が上がらなくなるのは間違いない。


 そして、彼女が属する笑天下(しょうてんした)の笑いの理論と、自分が学んだ笑林寺(しょうりんじ)の笑いの理論は違うのだ。


 笑いを1つの手段と見なしている笑天下(しょうてんした)

 笑いを目的にする笑林寺(しょうりんじ)


 もし、彼女に漫才のネタにダメ出しされた場合、しっかり応戦することができるだろうか?


 笑林寺の笑いが笑天下(しょうてんした)の笑いに屈するのは我慢できないだろうし、父の遺した笑理学を否定されることは耐えられないだろう。


 それに、借金があるといっても500万程度だ。


 大金には違いないが、マイホームの購入を諦めればお釣りがくるような金額と考えることもできる。


 魂を売るには安い金額だ。


 月田を見れば、すっかり肩を落としていた。


 良かれと思って言ったのは分からないでもないが、彼の発言はある重大な勘違いが基にあると思われる。


 それは正しておかなければならない。


 鉄太は月田に語り掛ける。


「月田君、この際やからハッキリ言うておくで。ワテと藁部(わらべ)はそんな関係ちゃうねん」


「え~~? ホンマすか~~?」


「あっちはどう思ってるか知らんけど、ワテは彼女にしたいと思ってへんのや。なんならアイツに月田君のこと紹介してやっても」


「お断りするっす」


 月田は食い気味に返事した。

次回、十七章 ウヒョヒョ座

17-1話 「それなりに、資金力はあるようだ」

つづきは1月23日、日曜日の昼12時にアップします。

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