表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
笑いの方程式 大漫才ロワイヤル  作者: くろすけ
第十六章 クビ
134/228

16-4話 悪魔のような微笑みを

「はぁ? チェンジアップ?」


 フェンスの方に歩いていった開斗の背中を見ながら鉄太は呟いた。


 彼の野球知識はせいぜい小中学生レベルなので、変化球と言えばカーブ、シュートぐらいしか知らない。


 なので、開斗が何故(なぜ)、目で追えるような遅い球を投げてドヤ顔するのかが分からなかった。


「ま、エエか」


 鉄太は考えるのを止めて目を閉じる。


 投球練習を手伝うつもりはないが、相方を置き去りにして帰るわけにもいかないので寝ようと思ったのだ。


 しかし、そう簡単に眠れそうになかった。


 何せ背もたれがないベンチなので姿勢が決まらないのだ。また、横になるにはベンチの幅は短すぎた。


 しょうがないので、右ヒジを膝の上に置いて前かがみの体勢をとった。


 しかし、うつらうつらしていると、ふと、開斗のやっていた笑気で周囲を把握していたことが思い出された。


(もしかしてアレ、ワテも出来るようになっとんのとちゃうか?)


 かなり前のことになるが、鉄太も目を閉じた状態で笑気が()えるかどうかを試してみたことがあった。


 その時は全く見えなかったのだが、最近、あの如何(いかが)わしいキャッチボールのせいか、不本意ながら〈笑壁〉が強化されているような気がする。


 例え()る能力が低くかったとしても、視る対象の笑気が大きくなったのであれば、難易度は下がるはずである。


 鉄太は目を閉じたまま、〈笑壁〉を張ってみた。


 そして自分の笑気を視ようと意識を凝らしてみた。


 だが、どんなに凝らしても、〈笑壁〉張る前と張った後で何も違いを感じることが出来なかった。


 目を開いてみれば、自分の身を包むように笑気を(まと)っているのが見て取れた。


 少しガッカリする鉄太。


 もしかして、目を使わないで視る能力が低いのではなく、無いのかもしれないと思った。


 開斗がどのようにしてあの能力を得たのか聞ければ、よいヒントになるかもしれないが、それは、開斗に失明した経緯を話させることになりかねない。


 鉄太は、自分が片腕を無くしてから4年近く経つがそれでもなお、そのことについて話すのは抵抗があるのだ。


 開斗が失明してからまだ1年も経っていない。彼が自ら話すようになるまで聞かないようにしようと鉄太は思っていた。


 公園の端の方を見ると開斗はまだボールを探しているようで、周囲の地面に向けて手刀を振るっていた。


「しゃーないなぁ」


 大きめの独り言を口にした鉄太は、立ち上がると開斗の方に歩きながら呼び掛けた。


「何や。まだ見つからへんのかい」


「何や。手伝ってくれる気になったんかい」


「ちゃうわ。早よ帰りたいだけや」


 鉄太は、開斗との距離を詰めながら、辺りの地面に目を配らせると、ボールは案外近くに落ちていた。


「カイちゃん、ボールすぐそばに転がってるで。左に2,3歩ぐらいのトコや」


 すると、開斗は鉄太が思っていた方向とは逆の方に手刀を振るおうとした。


「左言うてるやろ。逆や逆!」


「はぁ? 左はこっちやろ!」


「いや、ワテから見て左や」


「〈喃照耶念(なんでやねん)〉!」


 開斗は構えていた手刀を鉄太に向けて振るい100歩ツッコミを放ってきた。


「いや、〈喃照耶念(なんでやねん)〉はオカシイやろ。ってか、ボールそんな近くにあっても分からへんのか?」


 100歩ツッコミを〈笑壁〉で受けてから、鉄太は開斗に尋ねた。


「まだ、ある程度()っきくないと、分からんみたいや。あと、丸っこいのも苦手やな」


 そう言いながら開斗は、鉄太から見て左の方にゆっくりとすり足で進むと、つま先にボールが当たり歩みを止めた。


 そして、ボールを拾い上げると、今度は開斗が尋ねて来た。


「ところで、さっきベンチでごっつい〈笑壁〉張っとったけど、何しとったんや?」


 その言葉に、思わず開斗の顔を見ると、あたかもこちらが何をしていたのかお見通しと言わんばかりのニヤついた顔をしていた。


「ネタの練習しとったんや! ところで、さっき言うたチェンジアップって何やねん」


 秘め事がバレた時のようなバツの悪さを感じた鉄太は、強引に誤魔化して話題をすり替えた。


 鉄太の言葉に開斗は、しばらくボールを両手でこねくっていたが、やがて意を決したように語りだした。


「……チェンジアップは変化球や。フーネとの勝負の決め球に使おう思ってんねん」


「ふーーん。そうなん? でもえらく遅いやん。普通に打たれるんとちゃう?」


「コイツは速い球の後に投げてバッターのタイミングずらす球やねん。正直、今のワイの球速はMAX120行くか行かんかってとこや。プロ相手に3球はキツイ。だから最後はこれに賭けよう思ってんねん」


「いや、賭けるのは別にえーけど、昼間に練習すればえーやん」


「人に見られたらフーネの耳に入るかもしれへん。そしたら打たれる確率が高かなるやろ」


 たかが始球式にそこまで本気になる相方のバングリー精神に、鉄太は苦笑を漏らした。

 

「分かったわ、カイちゃん。少しだけなら付き合うたるわ」


「マジか。ありがとうテッたん。実はな、もう一つ試したいことがあんねん」


 開斗の悪魔のような微笑みを見て鉄太は激しく後悔した。

次回、16-5話 「鉄太は無視を決め込んだ」

つづきは1月16日、日曜日の昼12時にアップします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ