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笑いの方程式 大漫才ロワイヤル  作者: くろすけ
第十六章 クビ
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16-1話 明らかに、評価を期待するような

「でも、師匠と西錠兄さんは楽屋におらんとマズくないですか?」


 オーナーにすかされた鉄太であったが食い下がる。サクラであれば、自分を含め島津と開斗の3人で用が足りるはずである。


 そして、中核メンバーの2人を追い払えば変態会議もそこでお終いだ。


 問題は、島津が楽屋についていくことをどう防ぐかである。


 腰を浮かせる素振りを見せたら、ラジオ収録の件で相談があるとか言って引き留めようかと考えていると、その前提が覆された。


「客が来てからでエエやろ」


「トップバッターが終わってから行くわ」


 クンカと西錠が楽屋に行くことを拒否したのだ。


 悪びれることなく、プロにあるまじき発言をする二人。


 しかもオーナーが容認してしまったので、()すすべが無くなってしまった。


(クソっ!)


 鉄太は、ミックスジュースが入っていた空のグラスにウォーターピッチャーで水を注ごうとした時、


「「どうもーーーー」」


 聞き覚えのある声が聞こえて来た。


 ステージの方に顔を向ける。


 すると、そこには、月田とヤスの二人が『お』の口をしたまま固まっていた。


(なるほど、今日はコイツらが前座やったんか。もしかして、オーナーがワテの話に乗ってくれへんかったんは、このためか?)


 そう思いつつ見るステージ上の光景に、鉄太はちょっとしたデジャヴのような感覚を覚えた。この笑パブで藁部(わらべ)と五寸釘を見つけた時の空気と似ているのかもしれない。


 そして、自分もあんな間抜けな顔を(さら)していたのだろうかと、鉄太はいたたまれない気持ちになった。


「コラ月田。いつまで固まっとんねん。ワイら今日は客や。気にせんと漫才しいや」


 開斗が叱咤(しった)した。


 すると、二人は互いの顔を見て、一呼吸の(のち)、月田は右の拳、ヤスは左の拳をおずおずと突き出して、「お、俺たち、ゴールデン、パンチ――」と自己紹介ギャクを行った。


(切れ悪いな)


 仕方がないことだ。ただ、1回経験しておけば対処できることもある。


 自分も二回目の時は比較的動揺することはなかった。


 彼らもいい経験になるだろう。



「大は小を兼ねるって知ってるか?」


 自己紹介ギャグが終わって後、月田の不自然な導入でネタが始まった。


 しかし、ヤスは目を見開いて何か言いたげな素振りを見せた。


 恐らく、月田がツカミをすっ飛ばして本ネタに入ってしまったために、戸惑っているのだろう。


 二人とも見る見る間に顔中から汗が噴き出して来た。


 そして、2テンポぐらい間が空いてからヤスがしゃべりだす。


「もちろんでやす。こう見えてあっしは国語得意でやすから」


「実はこの前、先輩から相談されたんや。大きい女と小さい女のどっちがええかって。それで、自分は大きい方がええんとちゃいますかって答えたら、『せやな。大は小を兼ねるやな』って言われたんや。そん時は、意味分からんと愛想笑いしてやりすごしたけど、これってどんな意味やねん?」


(先輩? 大きい女と小さい女? もしかしてカイちゃんは五寸釘と藁部(わらべ)のこと月田君に相談したんか? ……って、んなワケないか……そらそうと、二人ともメッチャ棒読みやな)


 (つた)い彼らの漫才に、見ているこちらも、手に嫌な汗をかき始めた。


「大は小を兼ねるってのは、ウンコをする時はオシッコも一緒に出来るって意味でやす」


喃照耶念(なんでやねん)


 月田はそう叫ぶと、体を捻って右ストレートを繰り出し、ヤスの左肩をどついた。


 形としては、どつきツッコミなのだが、ヤスは笑気を張ることが出来ないため拡散する笑気は月田の笑気のみだ。


「ことわざとかの大と小って、大抵ウンコとオシッコのことでやす」


「ホンマか? なら、大事の前の小事は?」


「ウンコの前にオシッコをするという意味でやす」


「針小棒大は?」


「オシッコは針のように細く、ウンコは棒のように太いという意味でやす」


(え!? 全部下ネタでやんの?)


 彼らの漫才に驚く鉄太。


 前回は基本を押さえにいった漫才をしていたのに、今回はガッツリ下ネタになっていた。


 別に下ネタがダメという話ではないのだが、どうしても活動範囲が狭くなるというデメリットが存在する。


 主婦層が嫌悪するネタは、テレビや営業先に敬遠されがちなのだ。


 それゆえ笑林寺漫才専門学校では、下ネタに手を出すことのリスクを教えられていた。


 中退したとはいえ、仮にも笑林寺で学んだ月田がそれを知らないはずがないのだが……。



「「どうもありがとうございました」」


 どうにかネタをやり終えた二人は締めの挨拶をしてお辞儀をした。


 店内にまばらな拍手が起きる。


 たった5分程度の漫才を聞いていただけなのだが、疲労感がハンパない。


 取り敢えずノドを(うるお)そうと、グラスに水を注ごうとしたところ、


「先輩、どうでした? 俺らの漫才」


「うぇ!?」


 なんと、月田がカーテン奥に引っ込むことなく、ステージを降りて鉄太らの座るカウンターにやって来たのだ。


 驚いて、ピッチャーを持つ手がぶれて、カウンターを水で濡らしてしまった。


「ちょっと、何やっとんのや」


「すんまへん、すんまへん」


 オーナーに注意され謝る鉄太。


 渡された布巾でカンターを拭きつつ、グダグダの漫才やっておいて、講評を聞きに来る月田の勇気に感心をした。


 向上心のなせる技かと思い、いくつかアドバイスをしようと思ったのだが、月田の顔をよく見ると、不安とか、申し訳なさなどは一切感じられず、明らかに評価を期待するような目をしていた。


 後ろでバツが悪そうな顔をしているヤスと対照的である。


(これアカンやつやな)


 鉄太は口先まで出かかった言葉を、グラスの水と共に飲み込んだ。

次回、16-2話 「当たり引く、確率上げよう思ったら」

つづきは1月8日、土曜日の昼12時にアップします。

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