15-5話 ブリッジし、股間でキャッチするなどと
明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。
新年会などで話題に困ったら「笑いの方程式」の話をしてみてください。
基本的にバカバカしい話なので、お酒の席にはピッタリかと思います。
「どうせなら野球とベースボールのように、和名と英語名が欲しいところでごわすな。今後世界に広めることも見据えて」
(せ、世界に広める!?)
特に笑いを取ろうと思って言っている様子でもない。
ガチで言っているのだ。
鉄太は、狂気の沙汰とも思えることを平然と言ってのける島津に慄いた。
そして、それに対して相方がツッコんでくれるかと思ったが、期待は裏切られた。
なんと開斗は、〝世界に広める〟の下りはスルーして、再び競技名の提案したのだ。
「鬼球と書いてデビルボールでどや?」
どうやら、ダサいと言われて、ちょっとムキになったようだ。
しかし、クンカと西錠が即座に否定する。
「何んやそれ、コワっ」
「デビルボールて」
さらに、島津が追い打ちをかける。
「鬼球の湯桶読みが悪いとは言わんでごわすが、デビルは悪魔でごわす。鬼は英語にするとオーガでごわす。しかし、オーガボールではいまいち分かりにくいでごわしょ」
ツッコまれたことに屈辱に感じたようで歯を食いしばる開斗。
彼は、この笑パブに出入りする芸人の中では賢い内にはいるのだが、大学を出ている島津には敵わなかった。
ちなみに湯桶読みとは、上を訓、下を音で読む熟語のことである。上が音、下が訓なら重箱読みという。
「立岩君、さっきからずっと黙りっぱなしやけど、君も何か言いや」
クンカが気を使って振ってくれた。だが、鉄太にしてみれば大きなお世話であった。
とは言え、師匠の顔を潰すワケにもいかないので、ちょっと考えた振りをして適当に思いついたことを口にする。
「……ほな、豆球とか……」
もちろん、節分の〝豆〟から取っただけの意味でしかない。
どーせ提案したところで、お下劣な単語が含まれていないと彼らは喜ばないので真剣に考えるだけ無駄だ。
「何やそれ。ちっこい電球みたいやな」
案の定、まず西錠が否定して来た。
続いて島津が首を捻りながらクレームを言う。
「豆球でごわすか? ぜんぜん痛くなさそうでごわすな。英語にすればビーンボール……」
「「「「「あーーはっはっはっはっはっは!」」」」」
島津が言い淀んだ後、ワンテンポおいて鉄太を除いた全員が爆笑した。
ビーンボールとは即ち、野球で言う所の頭を狙った超危険球である。英語のスラングで豆が頭を意味することからそう言われている。
「ナイスやテッたん!」
「御見それしたでごわす。痛くなさそうどころか死ぬほど痛そうでごわすな」
「いや、ちゃうねん……ちょっと待って待って! ビーンボールなんて言葉、貧乏みたいで縁起よくないやろ」
この流れでは、自分があの変態競技の名付け親にされてしまいそうだと、鉄太は慌てて否定的な意見を提起した。
「しかし、貧乏で風俗行く金がなくて始めたんでごわしょ? ピッタリでごわす」
「ちゃうわ! デタラメや! テレビが勝手に言うたんや!」
鉄太は、盛り上がっている面々に待ったをかけようとするが、全く取り合ってもらえない。
「デレクターはん。それだけやないで。〝豆〟ちゅうたらコッチの意味もあるしな」
そう言うとクンカは、握りこぶしの中指と薬指の間から親指の先を出しならが涎でも垂れそうな卑猥な笑みを浮かべた。
「完敗や! 流石は開祖っちゅうことか」
西錠は両の拳でカンターを叩き、芝居じみた悔しがり方をした。
「いや、開祖ってなんやねん!」
「それではSMボール改め、豆球ということで、異議なしでごわすか?」
『異議なし』
鉄太の抵抗虚しく、新競技名が決められてしまった。
ただ、冷静に考えれば、SMボールのままよりマシなのかもしれない。
「オマエら、いつもこんなことやっとんのか?」
呆れるような視線を向けて来るオーナーに、鉄太が答えようとした時、島津が次なる議題を提案した。
「え~~。それでは続きまして、豆球の競技性を高めるための技について考えたいと思うでごわす」
カウンター内の壁時計に目をやれば、もう18時近くになっており、外もすっかり薄暗くなっていた。
変態会議は続いている。
これまでの会議の内容は、点数の付け方だの、他の公園を巡って入門者を募るだの、週刊少年漫画にしてもらおうだの、豆乳メーカーにスポンサーになってもらおうだの、果てはオリンピックを目指すだの頭を抱えたくなるような発言が相次いでいた。
鉄太としては、逃げ出したい気持ちで一杯なのだが、自分の知らない所でトンデモない決定をされては堪らない。
現に、競技性を高めるための技とやらで、ブリッジし、股間でキャッチするなどと、命に関わるような提案が可決されかかったのだ。
今話し合われている議題は、女性層の取り込みについてである。
西錠が、「豆球にダイエット効果があることにすれば引っかかる女もおるやろ」と、わりかし最低な発言をしたところで、店内に明かりが灯った。
そして、開店準備のためカウンターを離れていたオーナーの下楽が戻って来た。
ちょうどよい切っ掛けだ。
「オーナー。これ以上おったら迷惑やないですか?」
鉄太が解散を提案しても耳を貸さない可能性が高いが、この店の法律である彼女が言えば話は別である。強制的にお開きに出来るのだ。
ところが、下楽は鉄太の思惑に乗ってくれなかった。
「別に客なんぞまだしばらく来んから、かまへんで。それに誰かおった方が客も入りやすいやろ。ま、サクラやな。ガハハハハハハ」
オーナーの機嫌は悪くなかった。
そういえば、島津は2度、全員に飲み物を振舞い、売上に貢献していたので、好印象を持たれているようだ。
鉄太は何かよい手立ては他にないかと考える。
次回、第十六章 クビ
16-1話 「明らかに、評価を期待するような」
つづきは1月2日、日曜日の12時にアップします。