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笑いの方程式 大漫才ロワイヤル  作者: くろすけ
第十五章 豆球
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15-3話 西錠も、負けじと媚を売り始め

 楽屋のドアを開けると格子窓から西日が差しこんでおり、夏の到来を感じさせる蒸し暑さになっていた。


 公園でミーティングを終えた鉄太は開斗を連れて、笑パブ〈下楽下楽(げらげら)〉にやってきたのだ。


 出演のためではない。野球道具を置きに来ただけである。


 ただ、今晩出演予定のオホホ座の入り時間までは相当の間があるので、ここで時間を潰すつもりでいる。


 それに、ここの笑パブにしても開演まで1時間半以上ある。


 普段であれば、楽屋にほぼ誰もいない時刻なのであるが、今日は5人もいた。


 鉄太、開斗、西錠、クンカ、そして島津である。


 芸人の4人はここの関係者なので、いたとしても問題ないが、どういうワケだか島津も付いてきていた。


「ゴワっさん。なんで付いて来たんや? そないにヒマなんか?」


「霧崎どん。鉄は熱いうちに打てでごわす」


 島津は顔から噴き出る汗をハンカチで拭いつつ力説した。


 すると、西錠とクンカが「いよっ、大統領!」などと(はやし)し立てた。


 実は公園からここまでの道のりで、彼ら3人はSMボールを流行らせようなどと頭のおかしな会話で盛り上がっていたのだ。


 どうやらその続きをここでもやるつもりらしい。


「一応関係者以外立ち入り禁止なんや。オーナーに怒られても知らんで」


 開斗は警告するが、西錠とクンカが島津を(かば)う。


「むしろオーナーに怒られるんは今日出番無いのに来てるお前らや」


「それにもし、笑子ちゃんが来てもこのワシが一言ピシャっと言うたったらそれで(しま)いや」


 クンカはオーナーより年上であり、まだオーナーがうら若き乙女だった頃からの知り合いであるため、彼女のことを笑子ちゃんと呼んでいる。


「アタシがなんだって?」


 前触れもなくドアが開くと、そこから顔を出したのは笑子ちゃんこと下楽笑子(げらしょうこ)だった。


「これはこれはオーナー様。今日もご機嫌麗しくて何よりです」


 西錠は、揉み手をしながらオーナーに擦り寄った。


 しかし、彼女は服の上から亀甲縛りをした男を一顧だにせず、楽屋に上がると異彩を放つ巨漢に近づいた。


「何やこのデカブツは? まさかウチに無断でステージに上げるつもりやないやろうな?」


 すると、クンカがスクッと立ち上がった。


「いやなぁ、笑子ちゃん。実はこの人、店の前で行き倒れててなぁ」


 ピシャリと言うどころか、しどろもどろな調子で周囲に同意を求める。


 もちろん誰も目を合わさない。


「こんな血色のええ行き倒れがおるかアホ!」


 下楽(げら)に一喝されると、クンカは吹き飛ばされるように逃げて壁に張り付いた。


 室内に緊迫した空気が漂う。


 しかし、島津は(ほが)らかに笑いながら立ち上がった。


「申し遅れました。実はおいどん、こういう者でごわす」


 そう言うと、いつの間にか取り出していた名刺を、下楽に両手で手渡した。


 受け取った名刺を西日にかざした下楽(げら)は、ネックストラップでぶら下がっていた老眼鏡を掛けて目を凝らした。


「何やアンタ、えーびーすーラジオのデレクターかいな。でも何でこんなトコに来たんや? まさか芸人にでも転職するつもりか?」


「いやいや、実はラジオのゲストを探してましたら、〈満開ボーイズ〉の二人からここの笑パブにオモロイ芸人がおると紹介されたでごわす」


「まぁ、そーゆーことなら、好きなだけ見ていき」


下楽(げら)はそう言うと、ガハハハハと笑いながら去って行った。


 笑い声が遠ざかり聞こえなくなったところで、クンカは壁から分離して、島津に擦り寄り始める。


「流石はデレクターや。ここの芸人に目を付けるとは、お目が高い」


 クンカは孫に近い年齢の若者の背中に回ると肩を揉み始めた。


 それを見た西錠も負けじと媚を売り始め、「お暑いでしょう」と言いながら座布団を使って島津を(あお)ぎ始めた。


 ちょっと見苦しいなと鉄太が思っていると、開斗も同じ思いだったのか、先輩芸人2人に忠告した。


「師匠も兄さんも、その人の言うたこと真に受けたらアカンで」


 すると、西錠とクンカは思いのほか強く反発する。


「コラ、霧崎。言うてエエことと悪いことがあるぞ」


「デレクターはんを嘘つき呼ばわりとかお前何様のつもりやねん」


 彼らドブ芸人にとって島津のさっきの言葉は、天から伸びて来たクモの糸にも等しい。


 その希望を断ち切られれば、地獄から()い上がることは出来ないのだ。


「だったら、ゴワっさんにホントかどうか聞いてみればええやろ」


 突き放すような開斗の言葉に動揺し、西錠の手から座布団が落ちた。


「ま、まさか、島津はん……SMボールを流行らせると言った言葉が嘘やったと?」


「〈喃照耶念(なんでやねん)〉! そんなコトとちゃうわ!」


 島津に口を開く間も与えずに、開斗がツッコんだ。


 すると、今度はクンカが問う。


「じゃあ、ラジオのデレクターとは真っ赤なウソで、実はテレビのプロデューサーやったと?」


「ウソつく意味ないやろ! ラジオのゲストを探してるっちゅう話や。ワイらはゴワっさんからそんな話聞いてへんし、仮に聞かれたとしてもこの店の芸人は紹介せんわ」


「何やと霧崎。ワシらがラジオで喋る腕もないちゅうんかい」


「二人とも放送禁止用語なしで喋られへんやろ」

 

「ぐぬぬ……」


「……確かに」


 開斗に論破されて、クンカと西錠は項垂(うなだ)れた。

次回、15-4話 「節分を、スポーツにしたものと言うたれば」

つづきは12月26日、日曜日の昼12時にアップします。

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