15-2話 スポーツドリンク1本で
鉄太と開斗は本日の練習を終えた。
普段であれば、そのまま〈下楽下楽〉に野球道具を返しに行くところだが、今日は公園内の東屋で涼みながら皆と一緒にスポーツドリンクを飲んでいる。
それと言うのも島津が全員分のドリンクを差し入れてくれたからだ。
東屋の下には真四角のテーブルがあり、公園中央方向以外の3辺にそれぞれ背もたれの無い長椅子がある。
上座に鉄太と開斗が座り、開斗の右斜向かいには白髪坊主と落ち武者のような髪型の老人2人、そして、鉄太の左斜向かいにいがぐり頭の巨漢と服の上から亀甲縛りをした2人が座っている。
酷い絵面だなと思って眺めていると、島津に話しかけられる。
「ところで、チーム名とかないんでごわすか?」
「無いんとちゃうか? っていうか、そんなんいらんやろ」
鉄太はこの変態集団と関わり合いを持ちたくないし、早く解散してくれればよいと思っているので、名前を付けるなど無用なことだと思った。
しかし、変態集団の構成員たちはそう思っていないようだ。
「さすが、島津はんや。エエとこに目をつけはる」
「ほな、いっちょチーム名でも考えるけぇ」
「では、思いついた人から挙手お願いするでごわす」
西錠や武智らが盛り上がり始めると島津が勝手に仕切り始めた。
島津は新参者の上に若輩者である。しかし、リーダー格の西錠が島津をラジオ局のディレクターと知り媚び始めたので、自然と一目置かれるようになった。
そして、練習後にドリンクを差し入れたことでチーム内での地位は盤石となった。
おそらくこの中で、ちゃんとした定収入があるのは島津だけなのかもしれない。
テレビにその座を奪われ衰退産業であるラジオだが、ディレクターともなればその年収は意外と高いのだ。
やっぱり金持ちは強いななどと鉄太が思っていると、チーム名選定という名の大喜利が始まった。
ステテコにルーズソックスを履いている老人が「ハイ」と手を上げると、島津が「どうぞ」と答えを促す。
「ルーズソックス」
その老人は、性癖丸出しの回答を臆面もなく披露した。
進行役の島津は咎めることなく手帳を取り出してメモをする。
ちなみにルーズソックスとは女子高生の間で大流行していた靴下である。長さ1mぐらいの白色の靴下なのだが、伸ばさずに足首あたりでぐちゃぐちゃに畳んで履く。
つまり、ルーズソックスを好きと主張することは、自分は女子高生が好きなロリコン野郎ですと自白したも同然と言えた。
だが、その程度この集まりにおいて、さほど飛び抜けた性癖ではなかった。
ルーズソックスジジイの次に挙手したクンカは「一週間履き続けたルーズソックス」と答え、さらにその次に挙手した壮年紳士は「美少年が一週間履き続けたルーズソックス」と答え、リレー式に変態度合いがどんどんグレードアップされていった。
「ゴワっさん。ちょっと注意した方がええんちゃうか?」
堪り兼ねたように開斗が島津に注意した。
しかし、いがぐり頭の巨漢は尤もらしい屁理屈で反論する。
「ラジオの企画でもそうでごわすが、アイデア会議でしてはならないことは、出されたアイデアを一々批評することでごわす」
彼の言には一理あるかもしれないが、ここは昼日中の公園である。
次々と汚らわしい淫語を叫ぶ集団に、地域住民たちがどう思うか気にした方がいいような気がする。
とは言え、鉄太としては、ぶっちゃけ通報されて警察に来てもらった方が、この変態集会を辞めさせるいいきっかけになるのではないかとも思っている。
だが、開斗は口を挟んだのは異なる理由であった。
「これチーム名なんやろ? もうちょっと〝大咲花~~~~ズ〟みたいにした方がエエんとちゃうか?」
「霧崎どん。意見があるならチーム名として発表するでごわす」
「なら、大咲花アイアンズでどうや」
島津に諭され、開斗は投げやりにチーム名を発表した。
すると、老人たちはそれに倣って一応、チーム名らしい回答に変化した。
ただし、「浪花アンアンズ」、「心咲為橋パイパイズ」、「難波チンチン団」というような、小学生レベルの下ネタ合戦の始まりであった。
が、それもつかの間。マゾ西錠の「立岩緊縛隊」という回答から突如あらぬ方向に流れ始める。
「立岩鉄太とサドル族!」
「立岩鉄太の縦笛ボーイズ!」
「立岩鉄太は……」
「ちょ、ちょっと待ってって! ワテの名前使うのやめてんか!」
絶対発言するまいと思っていた鉄太であったが、自分の名前を卑猥なチーム名に冠されるのは堪らなかった。
「立岩どん。何一つアイデアを出さんのに、批判すんのはいただけんでごわすな」
「ワテはチーム名なんていらんって言うたやろ」
「なら多数決を取るでごわす」
抗議する鉄太に対して、島津がやれやれといった調子で一方的に決めた。
「チーム名いると思う人、手を上げるでごわす!」
誘うように島津が勢いよく手を上げると、鉄太と開斗を除く全員が挙手をした。
つい先ほどまで自分のことを先生、先生と持ち上げてくれていた老人たちはスポーツドリンク1本で簡単に買収されてしまっていた。
最早手遅れとも言える状況だが、最後の抵抗を試みる。
「……分かった。でも、せめてワテに選ばせてもらえる?」
「なら多数決で……」
「いや、ワテに選ばせてくれへんなら、もうココに来ぉへんで」
また多数決を取ろうとする島津を一喝する鉄太。
放っておいたら自分の名前の付いた変態的なチーム名になる可能性が高い。ここは絶対譲れないラインなのだ。
鉄太の気迫に島津は折れた。
島津から手帳を受け取ると、そこに記されたチーム名の一覧と睨めっこをする鉄太。
どれもヒドイものばかりであった。
結局、鉄太が選んだのは、開斗が提案した〈大咲花アイアンズ〉であった。
理由は一番マシに思えたからである。
アイアンとは鉄太の鉄の字を英語にしたものであるが、当然鉄太は知らない。
知っていたら選ばなかったかもしれない。
「それでは、チーム名は〈大咲花アイアンズ〉に決定したでごわす」
そう発表する不満気な島津と同様に、老人たちもまばらな拍手をするのみで歓声などは一切起きなかった。
しかし、不本意なのは鉄太も同様だ。
なんでこんな誰も得をしないコトになったのか?
島津を横目で睨みながら鉄太は帰り支度を始めた。
次回、15-3話 「西錠も、負けじと媚を売り始め」
つづきは12月25日、土曜日の昼12時にアップします。