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笑いの方程式 大漫才ロワイヤル  作者: くろすけ
第十五章 豆球
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15-1話 いつもより早いペースの投球に

 週明けの月曜日の昼過ぎ。


 鉄太は開斗を連れていつもの公園に向かう。


 土曜日曜は営業の仕事があったので2日ぶりのキャッチボールだ。


 ただ、これまでと違うのは、6号室の(ころ)ジイこと武智(むち)も一緒に付いてきていることである。


 重い足を引き摺るように環状線の高架をくぐり無言で進む。


 まず、鉄太が開斗とキャッチボールをやりたくないのは、開斗の目が見えないからである。


 そのため、鉄太はボールを捕ったら開斗のところまで運ばねばならないので肉体的に非常に疲れる。その上、開斗の肩が暖まったら体で捕球させられるので肉体的に非常に痛い。


 しかし、そんなのはまだマシだったと思い知った。


 なぜならば、先週末に変態集団が現れて、鉄太のことを先生とあがめ出し、精神的に大ダメージを受けたのだ。


 鉄太と開斗の後ろを付いてくる白髪坊主もその変態集団の一員だ。


 角を曲がると公園の生け垣が視界に入ってきた。


 しかし、金曜日と違って人垣が出来ていないことに鉄太は気付いた。


(あれ? もしかして、今日おらへんのとちゃうか?)


 そもそも考えてみれば、こんな大けがする危険のあるキャッチボールを高齢者がやるなど正気の沙汰ではないのだ。


 ささやかな期待と祈るような気持ちで公園の入り口に差し掛かる。


 しかし、彼らは整列して待っていた。


『先生、おはようございます』


 鉄太は眩暈(めまい)を覚えフラつく。彼らの中に、ありうべからざる人物を発見したからだ。


「大丈夫か? テッたん」


「……いやちょっと……」


 介助している開斗に逆に支えられたところに、リーダー格の〈マゾ西錠〉がいがぐり頭の巨漢を連れてやってきた。


「先生。我々の仲間になりたいと志願してきた人を紹介します。どうか許可してやってくれまへんか?」


「島津正太郎でごわす。ポジションはS、Mどちらでも行けるでごわす」


「えぇ!? ゴワっさんか? なんでや? 取材か?」


 島津の声に驚いた開斗が尋ねた。


「いやいや今日は仕事休みでごわす。昨日、霧崎どんの話を聞いてオモロそうやと思ってちょっと体験入会してみようと。よろしくお願いするでごわす」


 お辞儀した島津は、鉄太を見てニンマリとしてみせた。


(何が目的やねん)


 鉄太が(いぶか)っていると西錠がさらにプッシュしてくる。


「さすが先生のお知り合いや。この人なら即戦力として通用すること間違いなしやで」


 何の即戦力だか全く持って不明だが、もう好きにしてくれという気分であった。




 鉄太と開斗がキャッチボールを始めると、他の者たちもそれに(なら)う。


 ただ、島津が加入したため一人余った。


 余った一人というのは、紳士っぽさが(ただよ)う灰色のオールバックの髪型をした壮年である。


 他の〝いかにもスケベジジイでござい〟といった連中とは雰囲気を異にしていた。


 その男が、捕ったボールを開斗の所に運ぶ役を買ってくれたのはありがたかった。


 そして、30分ぐらい経ち、開斗の肩が暖まったところで、いよいよ例の練習が始まる。


 鉄太は、前ボタンのシャツを脱いで上半身裸になると、相撲取りが四股を踏む時のように足を開いて腰を落とした。


 上半身裸なのは、開斗に笑気を見えやすくするためであり、要するに(まと)である。


 そして、ミットを持った右手を頭の上にのせた。左義腕は動かせないので垂れたままだ。


 ちなみに、プロテクターやレガースは付けていないが、キャチャーマスクとファールカップだけは付けている。


「ええでーー!」


 準備が出来た鉄太は、ヤケクソ気味に叫んだ。


 すると開斗はセットポジションから足を高く上げ、豪快なフォームで腕を振り下ろす。


 ボールは矢のように飛び、鉄太の腹に突き刺さった。


 しかし、ボールは鉄太の肺腑から少量の空気を吐き出させることしか出来ず、虚しく地面に落ちるとテンテンと転がっていった。


 パチパチパチパチ。


 投球を見守っていたメンバーから鉄太に、拍手と感嘆の声が注がれた。


 それも当然で、開斗は120km/h近い速度で投げてくるのだ。高齢者たちのお遊びとは次元が違う。


 褒め称えられ、まんざらでもない気分になる鉄太。


 ボールはメンバーによって回収されると、開斗に届けられ再び投げられる。


 鉄太は自らボールを届けに行くことが無くなって疲れなくなった反面、いつもより早いペースの投球に痛さのペースは倍増していることに気が付いた。


 おまけに彼らの手前、弱音も吐き辛い。


 一方、開斗の方も歓声に応えるかのように球威を上げて来た。


 勘弁してくれと悲鳴を上げたくなる鉄太だったが、前より恐怖心が薄れているような気がした。


 もしかしたら、オーマガTVの収録で10mの距離で投げられる経験をしたからかもしれない。


 そのようなことを考えている自分を発見して結構余裕があるのかと思う鉄太。


 思い返してみれば、開斗のコントロールも随分良くなって来た。


 キャッチボールを始めたばかりの先月は、仰け反ったり、横っ飛びに(かわ)すことも多々あったが、今ではほぼ動かないで捕球できるまでになった。


(もしかして楽しなってきてる?)


 鉄太は、一瞬でもそのような(おぞ)ましい考えをしてしまった自分に驚き、慌ててその感情を強く否定した。


次回、15-2話 「スポーツドリンク1本で」

つづきは12月19日、日曜日の昼12時にアップします。

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