14-3話 コイツどんだけ必死やねん
〈えーびーすーテレビ〉で用事をすませた鉄太は開斗と共に、向かいのビル〈えーびーすー放送〉を訪れた。
今夜は8時から〈満開ラジオ〉の収録があるのだ。
〈満開ラジオ〉は月の第1週と第3週に、それぞれ2本撮りの収録を行うはずであったのだが、今日は月の第2週である。
実はディレクター兼構成作家の島津正太郎が先週来なかったので収録できず、1週延びたのだ。
本人は体調不良と言い張っていたが、多分ゴールデンウィークで仕事のことを忘れていたのだろう。
彼は〝始末書太郎〟というアダ名があり、やらかすタイプの人間なのだ。
収録の1時間半前に楽屋入りした鉄太は開斗と食事をしたあと、台本のチェックをしていたのだが、疲労感のため居眠りを始めた。
楽屋備え付けの時計が8時を回る頃、ドアがノックされ、楽屋に〝いがぐり頭の巨漢〟島津が入って来た。
「おはようでごわす」
「おはようございます」
島津と挨拶したのは開斗のみだ。
鉄太は机に突っ伏して寝ていた。
「おや? 立岩どんはなんやお疲れのようでごわすな?」
「……ちょっと昨日から色々ありすぎて疲れとんのや」
開斗は島津に、公園でおかしな連中に付きまとわれたことや、昼のTVロケで、朝戸のファンだという奴に絡まれた件を手短に話した。
とはいえ、いくら疲れていようが仕事時間である。開斗は鉄太に手刀ツッコミを食らわせて鉄太を起こす。
「こら、テッたん起きんかい。仕事や仕事」
「……あ、ゴワっさん。おはようございます」
顔を上げた鉄太は、口元の涎を袖で拭いつつ挨拶をした。
「おはようでごわす。立岩どん、昨日のテレビ見たでごわすよ。イズルちゃんの電話番号ゲットした件。抜け駆けするとはズルいでごわす」
島津は、鉄太が起きると早々に非難してきた。
「いや、あれは……」
鉄太は、ダマされたんやと言いかけてゴニョゴニョと言葉を濁した。
つい先ほど、肥後から聞いた外堀を埋める作戦のことを思い出したからだ。
「それにしても、見かけによらず立岩どんは手が早いでごわすな」
「……すんまへん」
「おいどんは別に立岩どんを責めとるワケやないでごわす。ただ、共演者に手を出す男という評判が広まれば今後ゲストも呼びにくくなるし、スポンサーが撤退して次の改変期で番組終了になるかもしれへんことを覚えといて欲しいでごわす」
責めていない言う割りには、島津はネチネチと番組終了などと脅してきた。
スポンサーなんだのと言ったところで、〈満開ラジオ〉はディレクター兼、構成作家である島津の権限は大きく、彼の腹一つで番組を終わらせることもパーソナリティーを変えることも不可能ではないのだ。
(別に終わってもエエけどな)
正直、ラジオというのはギャラ効率で考えればさほど良い仕事ではない。
また、〈満開ラジオ〉は自分たちの本音をバンバン発信できるタイプの番組でもないので終わった所で惜しくもない。
鉄太がもう一度謝ろうか迷っていると、開斗が擁護してくれた。
「ゴワっさん。電話番号の件はテレビの企画や。テッたんが口説いたんちゃうで」
朝戸の電話番号は、オーマガTVで鉄太が体で捕球するご褒美としてテレビ局側が用意したものなのだ。
「もしかして、立岩どんはイズルちゃんの電話番号を欲しくないけど貰ったということでごわすか? そういうことであれば、おいどんが買い取ってもいいでごわすが? 確かお二人には借金があったと聞いているでごわす」
侮辱を含む島津の発言に開斗の語気は荒くなる。
「あんなぁ、女の子が番号教えてへん男から電話掛かってきたらどう思う? そんなんで手に入れても嫌われるだけやで」
「確かに……霧崎どんの言う事は正論でごわすが……」
(コイツどんだけ必死やねん)
鉄太は自分のことは棚に上げて、島津の言動にウンザリした。
「立岩どん」
「は、はいなんです?」
「立岩どんはイズルちゃんのことをどう思っているでごわすか?」
真っすぐ見つめて来る島津。これは、はぐらかしたり出来る空気ではない。
「真剣にお付き合いしたいと思ってます」
鉄太は偽らざる本心を告げた。
ややあって、島津は息を大きく吐き出すとこう言った。
「分かったでごわす。おいどんは立岩どんのことを応援するでごわす」
「あ、ありがとうございます」
「その代わり、一つ約束して欲しいでごわす」
礼を言った鉄太に、島津は重々しい口調で言葉を続ける。
てっきり、泣かせるなとか不幸にするなとか言ってくるのかと思ったがそうではなかった。
「イズルちゃんにお願いして、彼女のモデル仲間と合コンを開いて欲しいでごわす」
(……コイツ、ほんまキモいな)
鉄太はズッコケるのを耐えてなんとか「努力します」と返事をした。
次回、14-4話 「アカンやろ、絶対問題になるやんけ」
つづきは12月12日、日曜日の昼12時にアップします。