14-2話 始球式、終わった後の打ち上げで
「やーやーやー。まいど、まいど」
ロビーの椅子で座る鉄太と開斗の所に、赤ブチ眼鏡の男が、揉み手をしながらやって来た。
公園でキャッチボールの後、テレビロケの収録を済ませた鉄太は、ディレクター肥後抗議すべく、開斗と共にえーびーすーテレビにやってきていたのだった。
抗議とはもちろん朝戸の電話番号の件である。
鉄太が文句を言うべく立ち上がる。
すると、肥後は鉄太が口を開く前に、「ここじゃなんですから」と、奥の喫茶店を指し示した。
喫茶店に入り席に着くと、見覚えのある情景に鉄太は予知夢かなと思ったりもしたが、なんのことはない。約2週間前にもほぼ同じシチュエーションでここに来ているのだ。
「騙すやなんてヒドイやないですかディレクターはん。イズルちゃんの電話番号くれる言うたのに、ダイヤル何とかの電話番号やないですか!」
3人の注文を聞いたウェイトレスが下がっていくと、鉄太は肥後に食って掛かった。しかし、彼は涼しい顔で受け流す。
「でも、イズルちゃんの〝ダイヤルQ2〟の電話番号ですから、大体合うてますやん」
「全然ちゃうわ! そっちが約束守らへんのやったら、ワテかてもうそっちの言う事聞かへんで」
鉄太はオーマガTVに出ないことを暗に伝えた。
「こら、テッたん! 何勝手に……」
「勝手はカイちゃんやろ! ……もうイヤなんや」
始球式をやるのであれば開斗が一人でやればいい。でも何で自分がで裸でボールを受けねばならないのか。
おかげで、どえらい変態と呼ばれ商店街から施しが受けられなくなるわ、SMボールの先生と変態集団に崇められるわなどロクなことがない。
二人のやり取りを見ていた肥後は軽い調子で提案した。
「ほな、やめときます?」
「え!? やめてええの?」
「肥後はん!」
驚く二人に、肥後はとぼけた顔でこう言った。
「もちろん。……ただし、違約金を払ってもらうことになりますけど」
「いやくきん?」
「おたくの事務所はウチや欣鉄さんとの契約は済んでますんで、契約不履行の場合は損害賠償が発生しまっせ」
肥後は赤ブチ眼鏡を取り外すとクロスでレンズを拭きながら説明をした。
「い、いくらや?」
「ま、そうですね、ウチの場合は、すでにコーナー2本分の本、書いてもらってますんで、打ち合わせの費用とか込み込みで、2,30万ってとこやないですかね? 欣鉄さんの方は分かりませんのでソッチで聞いてください」
数百万の借金のある鉄太にとって2,30万というの痛い金額である。
「あ、あんまりや……」
俯く鉄太。涙がポタポタと落ち、テーブルを濡らしていく。
と、そこへ注文したドリンクをウエイトレスが運んできた。
大の男が嗚咽している姿を横目で見ながら、ウエイトレスはドリンクを手早く置いてそそくさと戻って行った。
しばらくして、やや落ち着いた鉄太が、鼻水を啜りながらミックスジュースを飲み始めたところで、肥後が声を掛けて来た。
「立岩はん。よう考えてみなはれ、立岩はんはイズルちゃんの電話番号もろてますやろ」
「いや、だからアレはダイヤル何とかので、」
話を蒸し返して来た肥後に鉄太は声を荒げるが、彼は鉄太の顔の前に手をかざして強引に話を止めると次のように言った。
「少なくともテレビ見た人らは、立岩はんがイズルちゃんの電話番号をもろたって思ってまっせ」
確かに、昨日は〈下楽下楽〉の楽屋で電話番号のメモを奪われそうになったし、今日のロケでは朝戸のファンだという男に絡まれもした。
(でもだから何やねん)
すると肥後は、テーブル正面からにじり寄ってくると、声を潜めて鉄太に囁く。
「既成事実にしてしまえばええんとちゃいまっか?」
「きせいじじつ?」
四字熟語が苦手な鉄太は、その言葉の意味は分からないが、肥後が魅力的な提案をしそうな雰囲気を察した。
「先に外堀を埋めるっちゅうことです。もし、立岩はんが電話番号でダマされたと言うてしまえば、世間は立岩はんをイズルちゃんに振られた男と思うだけです。でも、電話番号もらってイズルちゃんと上手くやってるように匂わせれば、世間は立岩はんのことをイズルちゃんの彼氏と思いまっしゃろ。そうすれば、きっと彼女も立岩はんを意識しまっせ」
「なるほど……でも、そんなうまく行かんやろ?」
朝戸に否定されればそれで終わりである。
「ええ、それだけじゃダメですな。実は彼女んとこの事務所はガードが固くて有名なんですわ。私も個人的になんどか食事に誘おうとしたんやけど、ことごとく邪魔されましてな」
肥後は肩をすくめて首を振るった。
「ガード硬いの肥後はんのせいちゃうか?」
開斗にツッコまれるが赤ブチ眼鏡の男は咳ばらいを一つすると、鉄太に向かって話を続ける。
「単刀直入に言います。立岩はんがイズルちゃんに直接アタック出来るチャンスをコッチで作ります」
「出来んの? そんなこと?」
「さすがに二人っきりは無理です。でも、始球式終わった後の打ち上げで、イズルちゃんの隣に立岩はんが座れるようには出来ます。あと、マネージャーは仕事の話あるとか言うて引き離します。……どうでっしゃろ?」
そう言うと肥後は右手を差し出して来た。
要するに電話番号が欲しければ自力でなんとかしろということである。しかし、鉄太は女の子の気を引くトークについては自信と実績があった。
それに、二人っきりでないことは決してマイナスではない。相手の警戒心は緩み自分も緊張せずに済む。
「よろしくお願いします」
鉄太は差し出された手を強く握った。
次回、14-3話 「コイツどんだけ必死やねん」
つづきは12月11日、土曜日の昼12時にアップします。