14-1話 先生と同じアパートに住んでます
オーマガTV生放送の翌日。
本日の〈満開ボーイズ〉のスケジュールは、午後から〈えーびーすーテレビ〉で収録、夜に〈えーびーすー放送〉でラジオ収録である。笑パブの仕事はない。
鉄太と開斗はテレビ収録前に、キャッチボールの練習のため、〈下楽下楽〉に野球道具を取りに行き、いつもの公園に向かう。
雲一つない晴天であるが、昨日が雨だったので蒸し暑い。
公園そばまで行くと、まばらながら人垣ができており、やけに賑わっていることに気付いた。
いやな予感しかしない。
大方昨日の放送をみた人々が、自分の醜態を嗤うために集まっているのだろう。
(行きたないな)
鉄太は人を笑わせるのは好きだが、人に嗤われるのは嫌いなのだ。
「カイちゃん、公園なんや人がぎょうさんおるで。もしかして、ワテらが行くと邪魔になるかもしれへんから今日はやめとこか」
しかし、開斗は承知しなかった。
「始球式は5月20日や。あと9日しかないねん。ここが無理なら淀川の河川敷に行って練習しよか」
「いや、よく見たらワテらがキャッチボールするくらいのスペースはあるみたいや」
河川敷までは1時間ほど歩かねばならない。どーせ痛い思いをするなら、歩かないで済む方がマシである。
開斗を連れて鉄太は嫌々ながら公園に入ろうとする。
公園の周りには少なからず人がおり、彼らは公園中を見ているが、鉄太がそばを通っても中から目を離さない。
どうも鉄太のことを見に来たという雰囲気でもなさそうだ。
(どっかの草野球チームが練習でもしてんのやろか?)
やや安心する鉄太で会ったが、公園に入るとそこには想像を絶する光景が広がっていた。
なんと5組の高齢者が自分たちのように、球を体で受けるキャッチボールをしていたのだ。
鉄太が絶句して立ち尽くしていると、服の上から亀甲縛りをしている男が小走りで近づいて来た。
〈マゾ西錠〉である。
日本の警察は一体何をしているのだろうか?
鉄太が地域の公序良俗に対して深刻な懸念を抱いていると、西錠が鉄太に対して深くお辞儀をした。
「先生! お待ちしてました」
「せ、先生!?」
「おーーい、みんなーー。先生が来たでーー。挨拶や」
西錠の呼びかけると他の9人が集まって来た。
『よろしゅうお願いします!』
彼らは鉄太と開斗に向かって一斉に頭を下げるが、鉄太は頭を抱えたくなった。
それというのも西錠の他に見知った顔が二人いたのだ。
「クンカ師匠……ですよね?」
鉄太は一番左端にいた男に確認した。
彼とは太陽の下で会ったことがなかったため、いまいち分かり辛かったが、この落ち武者のような頭髪は〈下楽下楽〉のドブ芸人〈靴下クンカクンカ〉に違いない。
「ここで師匠はやめて下さい立岩先生。どうかクンカと呼び捨てて下さい」
「冗談はやめて下さいクンカ師匠」
「エエがなエエがな立岩先生。本人もこう言うてることやし、呼び捨てにしてやれや」
鉄太とクンカのやり取りに口を挟んできたのが白髪坊主の老人、武智だった。
彼は鉄太の住むボロアパート〈笑月パレス〉の6号室の住人であり、『ぶち殺すぞ』が口癖の危険人物だ。
その武智に立岩先生と呼ばれて鉄太は全身にサブイボが立った。
これまでアパートでは、彼は鉄太のことなど眼中にないように振舞っており、名前など呼ばれた記憶がないのだ。
「ホンマ勘弁してください」
「何や、二人は知り合いなんか?」
クンカから問われ、鉄太は同じアパートの住人であることを説明した。
「師匠こそ、お知り合いですか?」
「この人は西錠の相方やで」
「え!? 殺ジイ……いや、武智さん、芸人やったんですか?」
鉄太は、彼のことを元騎手だと聞いていたのだが意外や意外である。しかし、その考えはクンカに否定される。
「いや相方言うてもSMプレーのやけどな」
西錠を見るとエッヘンと胸を張っていた。
(……聞くんやなかった)
「テッたん。一体何が起きとるんや?」
蚊帳の外の扱いになっていた開斗が溜まりかねたようで、鉄太に尋ねて来た。
「こっちが聞きたいわ」
すると西錠が二人に答えた。
「我々は、先生たちのプレーに感銘を受けた者や」
「プレーって……」
「もちろんSMボールのことやで」
「変な名前付けんといて下さい!!」
思わず叫ぶ鉄太。
しかし、西錠は無視してメンバーに自己紹介するように促した。
「〈靴下クンカクンカ〉です。先生と同じ笑パブで芸人させてもろてます。クンカと呼んで下さい。ポジションはMです」
「武智呉郎です。先生と同じアパートに住んでます。ポジションはSです」
(いや、ポジションって何やねん!)
その後も他のメンバーの自己紹介が続いたが、エアロビのレオタード姿のジジイや、付けている黒ブラジャーが透けて見えたりするジジイや、ステテコにルーズソックスを履いているジジイどもが続き、顔や名前など全く頭に入って来なかった。
次回、14-2話 「始球式、終わった後の打ち上げで」
つづきは12月5日、日曜日の昼12時にアップします。