13-2話 チケット、タダでやったやろ
「そりゃ、スマンかったな。でも、何でワイがあの女に嫉妬せなアカンねん」
「はぁ?」
どうやら開斗は、鉄太の言った「焼いてんのか?」という言葉の意味を、〝鉄太に朝戸を取られて〟ではなく、〝朝戸に鉄太を取られて〟と取り違えているみたいだった。
「ちゃうわ! イズルちゃんの電話番号もろたワテが羨ましいやろって言うてんのや」
「アホか。これっぽっちも羨ましないわ」
「……せやな。カイちゃんには五寸釘がいてるしな」
鉄太は皮肉を言ったつもりであった。
誰が見ても美人な朝戸に対して、五寸釘は真逆と言っていい容姿なのだ。
しかし、今の開斗には外見的な価値など無意味なのかもしれない。
彼は鉄太の言葉を受け流してカンターを放ってきた。
「テッたんにも藁部がいてるやろ。悪いことは言わん。あの子にしとけ」
「余計なお世話や!!」
鉄太はサンドイッチを取り出しながら、藁部との交際を勧めて来る開斗を怒鳴りつけた。
五寸釘にはまだ女性らしい性格とプロポーションが存在するが、藁部にその要素は無い。
いや、無いことはないかもしれないが、見出そうとするならば、顕微鏡が必要だろう。
「何が不満なんや」
口をモゴモゴしながら尋ねて来る開斗。
(全部や!)
鉄太はサンドイッチを頬張ることで、何か不満でない所があるのかと、逆に問い出すことを自制する。
ここでの会話が、五寸釘を経由して藁部の耳に入る可能性を考えれば、迂闊なコトを口走るのは自殺行為である。
鉄太は、幽霊や占いと違って、呪いを否定する根拠を持っていなかった。
ゆえに、藁部からの呪術的な報復を恐れた。
「二人とも同じコンビの女が彼女とか変やろ」
鉄太は、なんとか当たり障りのない理屈を絞り出して返答した。
「いや、オモロイやんか。なんならW夫婦漫才とかありかもな」
「ないないないない!! もうこの話はしまいや!」
開斗からの悍ましい提案を、鉄太は全力で否定した。
<甘楽〉では、他の芸人からオーマガTVの件をイジられたりしたものの、大したトラブルもなく仕事を終え、鉄太と開斗は次の現場の〈ウフフ座〉に向かった。
〈ウフフ座〉とは、名前から分かるようにオホホグループの系列劇場である。
ただし、〈オホホ座〉が富裕層向けの超高級店であるのに対して、〈ウフフ座〉は、中流層向けの高級店である。
〈オホホ座〉と比べてランクが落ちるとは言え、楽屋は個室であり、ケータリングもそれなりに充実している。
「寄席でも楽屋弁当置いてくれたら、家から弁当持ってこんでもええのにな」
鉄太は唐揚げ弁当をむさぼりながら、開斗に愚痴った。
〈ウフフ座〉の前に仕事がなければガマンも出来るだろうが、昼食を腹いっぱい食べることが出来ない彼らには難しい注文だった。
舞台とはそれだけエネルギーを使う場所なのだ。
「無いことに文句言うより、あることに感謝せい。最近景気悪くなって来たらしいからな。ここのもいつまであるか分からんで」
開斗は鉄太の愚痴に応えると、手で摘まんだ唐揚げを口に放り込んだ。
「なんや、カイちゃん。坊主みたいなこと言うて。ホンマ性格変わったな」
以前は、愚痴を言う開斗を、鉄太が宥めていたのだが、開斗が失明してからというもの、その役回りが逆になることが多くなった気がする。
「人として成長しとんのや」
「なら、社長とももう少しなんとかならんか?」
鉄太は、開斗は金島のやり取りに、毎度神経が磨り減る思いをしていた。
仲良くなれとは言わないが、ケンカ腰で話すのはやめて欲しかった。
「アホか! アイツは人と思うな。寄生虫と思え。甘いコト言うてたら骨の髄までしゃぶられてゴミのように捨てられるのがオチや」
(よう言うわ)
鉄太は心の中でため息を吐いた。
程度の差こそあれ、昔、開斗は鉄太に内緒でギャラを多く貰っていたのだ。
もちろん鉄太はそんなことは口にしない。金で揉めて解散するコンビは少なくないのだ。
そんな鉄太の心中を知る由もない開斗は、思い出したようにこう言った。
「そー言えば、テッたん。あの女にチケット、タダでやったやろ。ちゃんと1000円入れといてや」
次回、13-3話 「突然尻をまさぐられ」
つづきは11月20日、土曜日の昼12時にアップします。