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笑いの方程式 大漫才ロワイヤル  作者: くろすけ
第十三章 楽屋裁判
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13-1話 食べさせあっこをしてみたい

 オーマガTV本番後、本日最初の営業先の〈甘楽(かんら)〉に向かうことにした。


甘楽(かんら)〉は笑パブではなく、寄席(よせ)である。


 寄席(よせ)とは落語のためにある演芸場だが、漫才、音曲、手品などの雑芸も催される。


 ただし、それらは前座や落語の合間に挟む口直しとしての位置づけであり、看板などで、落語家が黒で書かれているのに対し、朱色で書かれていることから色物と呼ばれている。


〈大漫〉優勝という実績がある〈満開ボーイズ〉であっても後座(ござ)には出られないのだ。


 落語に対して漫才の地位が低く扱われていることに若干の不満はあるものの、それはそれでありがたかった。


 なぜなら、早めの時間に入れられる仕事だからである。


 彼らは〈大漫〉優勝という実績のお陰でギャラは増えたが、笑パブではピークタイムを任されるポジションになり、笑パブの出演を掛け持ちすることが難しくなっていたのだ。


 ちなみにこの営業を獲って来たのは金島だ。


 開斗に言わせれば、数少ない成果の一つである。


 鉄太は〈甘楽(かんら)〉に行くにはやや遠回りであるが、笑比寿橋(えびすばし)商店街から心咲為橋(しんさいばし)商店街を経由するルートを選択した。


 もちろん商店街からの(ほどこ)しを期待してであるが、雨も降りだしたので当然の選択だ。


 鉄太は商店街のアーケードの中を、愛想を振り撒きながら進んだが、以前と比べて反応が薄い。


 それどころか、たまに「うわっ。ド変態や」などの囁き声が聞こえて来た。


「テッたん。結構見てくれてる人、いてるみたいやな」


「うれしないわ」


 お気楽なことを言う開斗に、鉄太は仏頂面で答えた。


 結局、商店街からは何も貰えることもなく、寄席〈甘楽(かんら)〉に到着してしまった。


甘楽(かんら)〉の楽屋は畳敷きの大部屋である。


 しかし、〈下楽下楽(げらげら)〉と違い、テーブルもあればエアコンなどの設備もあるので快適に過ごせる。


 開演よりかなり早めの時間に楽屋入りしたため、他の芸人はまだ誰もいなかった。


 鉄太は座布団を敷き、テーブル前に開斗を座らせると食事の準備をする。


 といっても、ショルダーバックの中から弁当箱を出して、テーブルの上に置かれているパックのお茶を湯呑に入れてお湯を注ぐだけである。


 弁当箱の中身は耳パンのサンドイッチである。


 期待していた施しを受けることも出来ず、相当に(わび)しい状況なのだが、鉄太の機嫌は悪くなかった。


 朝戸の電話番号が書かれたメモをゲットしていたからだ。


 しかも、鉄太は本番後彼女と少なからず言葉を交わし、あまつさえライブのチケットを手渡すことも出来た。


 男としての優越感。


 例え、道行く人に「ド変態」と後ろ指を指されようと、メモの入った財布を、尻ポケットの上から触るだけで心が癒される。


 これが噂に名高い愛の力であろうか?


 鉄太は弁当箱のサンドイッチを取り出しながら、もし、朝戸とのデートすることになったらなどと妄想を始める。


 金も車もない鉄太であったが、トークで相手を楽しませることならそれなりの自信があった。


 初デートは、定番だが大咲花城(おおさかじょう)公園にしようか。


 ならば、お昼は公園噴水前のベンチがいいだろう。


 もしかしたら、彼女はお弁当を作って来てくれるかもしれない。


 そしたら、是非食べさせあっこをしてみたい。


「カイちゃん、アーーンや」


 デートの予行演習つもりか、鉄太は取り出したサンドイッチを開斗に食べさせようとする。


 しかし、鉄太は開斗の介助のために、漫才とは逆の位置にいる。


 右手で右側にいる人に物を手渡すのは問題ないが、食べさせるのは手首を(ひね)らなければならいのでスマートではないと思った。


(お昼の時は、座る位置を逆にした方がええか? いや、それだと手が偶然触れ合うみたいなラッキーイベントが無くなってまうな)


 愚にもつかないことを考えている鉄太。


 開斗は、口元に差し出されたサンドイッチに直接かぶりつくことはせず、スンスンと鼻で匂いを嗅いだ後、それを両手で奪い取った。


「何や、アーーンって。気色(きしょ)いな。あの女のことでも考えてんのか?」


 折角楽しい世界に浸っていたのに現実に引き戻され、鉄太はムッとする。


「あの女はないやろ。イズルちゃんや。もしかして焼いてんのか? カイちゃん」


「〈喃照耶念(なんでやねん)〉!」


 開斗の手刀ツッコミが鉄太の腹に入った。


「ぐえっ!!」


 鉄太は短い悲鳴を発すると、右手で腹を抑えて突っ伏した。


「テッたん。大げさすぎやろ。突っ込んだの左手やぞ」


 二人の座り位置の関係上、開斗の手刀ツッコミは左手でされ、尚且つ全然笑気も込められていなかったのだ。


 悪びれることなくサンドイッチを食する開斗に、鉄太は涙目で抗議する。


「さっき、球受けたトコに当たったんや!」


実は、開斗の手刀ツッコミは、サンドイッチを持っていた鉄太の腕を避けるように放たれたため、先ほどオーマガTVで捕球を行った箇所にヒットしたのだ。


 スタジオで、超至近距離から投げられた開斗の球は、鉄太の腹に青アザを作っていた。

 

「そりゃ、スマンかったな。でも、何でワイがあの女(・・・)嫉妬(しっと)せなアカンねん」


「はぁ?」

次回、13-2話 「チケット、タダでやったやろ」

つづきは11月14日、日曜日の昼12時にアップします。

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