12-3話 イズルちゃん。コイツに何か言うたって
「ワテの扱いがおかしなってる!」
鉄太は叫んだ。
さきほどのVTRは、これまで放送した内容をまとめたとか言っていたが、実際に放送された内容とはまるで違っていた。
前回は、プロ野球選手『フーネ』との対決を夢見る青年開斗と、その無謀な夢に付き合っている変態の友人という扱いだった。
しかし、今放送されたダイジェストでは、開斗が目の見えないことをいいことに、借金で風俗に行くことが出来ない鉄太が、ボールを体で受けることで特殊な性的欲求を満たしている超ド級の変態という設定が上乗せされていた。
「ワテはそんな変態やない!」
「そう言えば肉林君、今日は何やビックなお知らせがあるんとちゃうかったか?」
「ハイ! そうでした。今日はなんとですね。皆さんにビックなビックなお知らせがございますぅ!!」
鉄太の抗議は、伊地栗のカットインで流されてしまった。
憤懣やる方無いが、アウェーなので仕方がない。
鉄太は決してスタジオトークを不得意とはしていなが、初めて出る番組で本番前に渡された台本は紙ペラ1枚。
自分たちに付いて書かれてある部分は、スタジオに入るタイミングと捌けるタイミングのたった二行。
ここでトークを奪いに行ったとして、その後の見通しは何もないし、爪痕を残してやろうという気持ちもない。
憮然とする鉄太を尻目に、肉林はビックなお知らせとやらを発表した。
「実は、前の放送を見ていたフネーさんから連絡が来まして、霧崎君と是非勝負をさせて欲しいとのお言葉を頂き、始球式で二人の対決することが決定しましたーーー!!」
モニターに開斗がアップで映され、拍手とどよめきのSEが流れる。
「おめでとう! 霧崎!」
「あ、ありがとうございます」
戸惑い気味に答える開斗。
それは戸惑うだろうと思う鉄太。
フーネと始球式で対決することは事務所で聞かされていたが、フーネが見ていたとは聞かされていなかった。
あまつさえフーネ自らのオファーだったとは驚きであった。
相方のために拍手をしてやりたかったが、義腕の左腕が上がるはずもない。胸の辺りまで上がった右手をそっと下ろした。
クソみたいな気分の後に、ほっこりさせられた鉄太であったが、すぐさまクソみたいな気分に突き落とされる。
「それでは、彼らにスタジオで生キャッチボールを披露していただきましょう。お願いします!」
なんと肉林が、今から体で捕球することを強要してきたのだ。
開斗は快諾したが、鉄太は力の限り叫んだ。
「いやや! いやや! いややーーーー!!」
想いを寄せる朝戸の前で、変態じみた姿をさらしたくはなかった。
生放送だろうと知ったことではない。
このような要求をするならば、せめて事前の打ち合わせで了承をえるのが筋ではないか。
駄々をこねる鉄太を前に肉林は大きくため息を吐く。
「この手は使いたくなかったんやけどな」
彼はそう言うと、スーツの内からカード大の紙片を取り出し天に掲げた。
「これは、イズルちゃんの電話番号が書かれたメモでございます!
もし、お前がいつものようにミットを使わずに球を受けてくれたなら、このメモを渡してエエと言われとるんや」
「え!? マジで?」
鉄太は朝戸の方を見た。
すると彼女は恥ずかし気にコクリと頷いたではないか。
「どうするぅ? やめとくかぁ?」
「やります! やらせて下さい!!」
メモをヒラヒラさせながら煽ってくる肉林に、鉄太は力強く了承の意を伝える。
「流石、立岩君。男やないか!」
伊地栗がバンと一発、机を叩いて誉めそやす。
「では改めて、彼らにスタジオで生キャッチボールを披露していただきましょう」
肉林が宣言したが、モニターは朝戸のアップに切り替わり、彼女は笑顔でこう言った。
「一旦CMで~~す」
「ハイ! CM入りましたーー」
AD増子の声がスタジオ内に響くと、スタッフたちが大急ぎで出て来てスタジオ内で投球を行うための準備を始めた。
鉄太の所に来たスタッフはキャッチャーマスクだけ手渡すと、ピンマイクを外しにかかった。
準備を終えた鉄太は気合を入れるため、右手の拳で腹を何度も叩いていると、グローブと硬球を持った開斗が手招きしてきた。
何かと思ってそばに行くと、開斗はグローブで口元を覆って話し出した。
「……テッたん。こんなん言うのも何やけど、多分、ダマされてるで」
「イズルちゃんはそんな子やない」
闘志に水を差されて鉄太はムッとする。
「テッたん。言うほど相手のこと知らんやろ」
「それやったらカイちゃんもイズルちゃんのこと知らんやろ。って言うかカイちゃんはワテに止めて欲しいんか?」
「ちゃうねん。もしダマされてた時のショックをやな……」
「ハイ! CM終わりまーーす。10秒前」
話の途中であったが、舌足らずの声のカウントダウンが始まると、鉄太はスタッフによって捕球位置へと引きずられていく。
「視聴者の皆さん。お待たせしました」
CMが明けて、肉林のアップからスタジオ全体の映像に切り替わる。
センターに肉林が立ち、スタジオセットの右端に開斗、左端に鉄太がスタンバイしている。
また、伊地栗と朝戸が座る長机の前と、鉄太の後ろにネットが設置されている。
「それでは、お願いします!」
「ちょっと待って下さい肉林兄さん」
ネット裏に避難しようとする肉林を鉄太が呼び止める。
「何やねん。生放送やぞ。さっさとやれ」
「いやいや、これ近すぎでしょ」
鉄太は開斗が投げる位置にクレームをつけた。
普通マウンドからホームベースは大体20mぐらい離れているものだが、どう見てもここではその半分ぐらいしかないのだ。
今までこんな距離でキャッチボールしたことはない。はっきり言って恐怖だ。
「イズルちゃんの電話番号いらんのか?」
「いや、そうやなくって、もうちょっと距離を……」
「イズルちゃーーん。コイツに何か言うたって」
「鉄太さ~~ん。がんばって~~」
ごねる鉄太に向かって、朝戸は語尾にハートマークがついたような声援を送るとウインクをした。
そんなことをされたらやるしかないではないか。
「うん、ガンバりゅ~~!!」
鉄太は覚悟を決めて腰をかがめた。
次回、第十三章 楽屋裁判
「13-1話 食べさせあっこをしてみたい」
つづきは11月13日、昼の12時にアップします。