12-2話 何やお前、そのツラは
「君ら、大漫で優勝して、笑戸でブイブイ言わせとるんやなかったんか?」
鉄太と開斗は、メインMCの伊地栗から問われた。
ちなみに伊地栗は大漫の司会者でもあるので、満開ボーイズとはそれなりに見知った仲である。
鉄太は恐縮して、『笑戸のテレビと相性が悪かった』みたいなことを言おうとしたら、その前に開斗が口を開いた。
「いや、ウチの社長がアホなんで、笑戸の局の連中をぶっ飛ばしまして」
「ちょ、ちょっとカイちゃん!!」
「ええやろ別に。ホンマのことやし」
ホントかウソかの問題ではない。今の発言が金島の耳に入ったらどうなるかが問題なのだ。
青ざめる鉄太をよそに、伊地栗と肉林は爆笑した。
ひとしきり笑った伊地栗が鉄太らに問うた。
「そう言えばお前ら。借金どないなった? 〈大漫〉のトビラぶち壊して1000万円返さなあかんかったやろ?」
鉄太らが伊地栗の問いに答える前に、肉林が割り込んだ。
「はいはい。そこらへんの話は後にしてもらってええですか? 先にコーナーのまとめVに行きますんで」
ディレクターの肥後は腕をグルグル回しており、彼が持つカンペにはVTRと書かれていた。
オーマガTVは生放送なのだ。
アシスタントの朝戸が早口ぎみにV紹介をする。
「では、街の奇人のコーナーで『どえらい変態』のまとめを御覧ください」
正面に置かれたモニターは、朝戸の笑顔からVTRへと切り替わり、出演者たちは休憩モードに入った。
伊地栗がタバコを取り出すと、肉林がすかさず火を付ける。彼は鉄太らの借金など大して興味がなかったみたいで肉林と競馬の話を始めた。
この時代、VTRが流れている最中、タレントは気を抜くことが許されていた。
なぜならば、ワイプという技術がまだなかったので、VTR中の顔が抜かれることがなかったからだ。
もっとも気を抜いているのはタレントばかりではない。
ディレクター肥後はAD増子と、上司と部下の間柄とも思われぬ距離でよろしくやっていた。
鉄太はどうせならばと、ダメもとで朝戸に話しかけようと思った。
しかし、彼女の方を見ると、ヘアメイクのスタッフがやってきて、メイクを直し始めたではないか。
(いや、まだ番組始まったばっかりやん。直す必要ないやろ)
心の中でツッコミを入れる鉄太。
おまけに座枡とかいう中年女性のマネージャーが、朝戸のそばに侍っている。彼女は鉄太と目が合うと、ネットリするような視線を送って来た。
身の危険を感じて慌てて視線を逸らす鉄太。朝戸に近づくのは今は無理だ。
鉄太は仕方なしにモニターを眺めることにした。
しばらくボーッと見てると開斗から、どんな映像が流れているか聞かれたので適当に答えていたが、徐々にそれどころではなくなってきた。
鉄太らの件がオーマガTVで放送されたのはたった2回。
そして、あれから追加取材を受けていないので、ボリュームは少ない。
また、〈満開ボーイズ〉の簡単な紹介もなされていた。
第7回〈大漫才ロワイヤル〉での事件、コンビ解散、3年後に再結成後、第10回〈大漫才ロワイヤル〉で優勝、からの賠償金1000万円。
「ヒドイ人生やな」
開斗は、ナレーションで自分たちの生き様を客観的に語られて自虐的に笑ったが、鉄太はそんな所はどうでもよかった。
「はい、V終わりまーーす。10秒前……」
AD増子のカウントダウンが始まると、ヘアメイクのスタッフがスタジオから掃けて行き、肉林は鉄太の隣に戻ってくる。
そして、VTRが終わると、モニターには仏頂面の男のアップが映った。
それは自分の顔であった。
悪意あるスイッチャーの所業に、鉄太は放送に使われていることを示す赤ランプの灯ったカメラを睨みつける。
「何やお前、そのツラは!」
鉄太は肉林からのツッコミを頭に受けた。
それは、目の見えない開斗にはできない完璧なタイミングでのフォローであった。
お笑いとしてはありがたかったが、それを上回る不満があった。
「ちょっと待ってくださいよ肉林兄さん! 何ですか今のVは!? ヒドイやないですか!」
「どこがや」
「ワテの扱いがおかしなってる!」
次回、12-3話 「イズルちゃん。コイツに何か言うたって」
つづきは11月7日、昼の12時にアップします。
以前登場した朝戸のマネージャーですが、男性から女性に修正しました。