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笑いの方程式 大漫才ロワイヤル  作者: くろすけ
第十一章 ゴールデンパンチ
111/228

11-1話 あえて基本を持ってきた

「まいど~~」


 鉄太は、所々ペンキの禿げたドアを開けて、開斗と共に〈下楽下楽(げらげら)〉の店内に入った。


 薄暗い照明でも汚れの目立つ壁には、色あせたポスターやメニューが張られている。


 モダンジャズの流れる中、軋む板張りの床を歩いて、鉄太と開斗は入り口近くのカウンター席に座った。


「何や。今日はお前らの出番ないやろ」


 カウンターの中から声をかけたのは、じゃらじゃらと多くのアクセサリーで全身を飾ったこの店のオーナー下楽笑子(げらしょうこ)である。


「今日は客や」

「珍しい。雨でも降るんとちゃうか。まぁ、客で来たんなら何か頼め」


 ガハハと笑いながら下楽はメニューを鉄太に渡した。しかし鉄太はメニューを見ずにミックスジュースとアイスコーヒーを1つずつ注文した。


 下楽は酒焼けした、しゃがれ声で悪態をついた。


「何やそれ。ここは笑パブやで。酒頼まんかい!」


「オーナー、ワイらは後輩のデビュー見に来ただけや。この後、仕事があるんや。勘弁してくれ」


 開斗は下楽に事情を説明した。


 実は今日、18時からの始まるショーの前座に、月田とヤスのコンビ、〈ゴールデンパンチ〉が初出演するのだ。


 ちなみに、淀川の河川敷からは〈ストラトフォートレス〉に車で送ってもらった。


「見に来たんなら、ステージ前の席に行ったらどうや」


「アカンアカン。緊張させてまうわ」


 ドリンクの準備をしながら下楽がステージ近くの席に移動することを勧めてきたが、開斗は手を振って断った。


 鉄太も同意見だ。目の前に知り合いがいると気が散るということを、最近いやというほど味わっていたからだ。


「ほらよ」


 カウンターの上に、ミックスジュースとアイスコーヒーが置かれる。


「おおきに」


 鉄太はアイスコーヒーのグラスを開斗の手に掴ませてから、ミックスジュースを一口飲んだ。


「それにしても今日は客が多やんか。何かあったの?」


 今気が付いたのだが、下楽下楽(げらげら)では、大抵この時間帯の客は1人か2人なのだ。それが今日は5人もいるではないか。


 下楽(げら)は鉄太の問いに、他の客に聞えないようにお盆を盾にして、尚且つ声を潜めて答えた。


「……多分、景気が悪くなって来たからやろな」


「ん? あべこべちゃうか?」


 景気が悪くて客が来ないなら分かるが、客が増えるというのは可笑しな話だ。


「多分、客が上のランクの店から流れて来とるんやな」


 つまり、収入が減った客が通う店のランクを落としているとのことだ。


 言われてみれば確かに、日雇い労働者が集う店にはめずらしく、サラリーマンと思しきスーツ姿の二人連れがテーブル席に座っている。


 また彼らからは、耳をすまさずとも、会社や給与の不満などの愚痴が聞こえてきていた。


 下楽(げら)曰く、最近のニュースで、どこかの会社が潰れただのという話が多くなっているという。「お前らも気ぃつけぇ」と言われて「はい」と返事したものの、何をどう気を付ければよいのか分からなかった。


 そうこうしている内に時間が来たようだ。


 壁に打ち付けられたピンク色のカーテンが開き、その奥から二人の男が小さなステージに登場した。


 左の男は丸刈りにジャージ。右の男はパンチパーマにアロハシャツ。統一感がない出で立ちの二人であった。


 月田とヤスである。


 サラリーマンの客二人は、何の前触れもなく登場した彼らに露骨に驚いていた。どうやらこの店に来たのは初めてだったようだ。


 月田とヤスは、息を合わせ、無言で「せーの」と言ってから、「俺たち! ゴールデ―――――ン、パンチ――――――!!」と叫んで、月田は右の拳、ヤスは左の拳を突き出した。


 何だか満開ボーイズの満開ポーズと似ているような気もするが、そもそも満開ポーズを考えたのは月田なので、似るのも仕方がない。


 自己紹介ギャクを終えた彼らは早々にネタに入った。


 もったいないと鉄太は思った。


 せっかく客が驚いてくれたのだから、そのことをネタにコミュニケーションをとって場を盛り上げるチャンスだったのに。


 しかし、今日が初舞台の彼らには無理な注文である。


 特にヤスは、ピン芸人として活動していた月田と違い、人前でしゃべるのも初めてのようで声が上ずっていた。


 彼らのネタはコント漫才で、通行人同士が肩がぶつかってからの展開で笑わせるオーソドックスな型であった。


 下楽下楽(げらげら)の極小のステージには向いていないネタであるが、それを見た鉄太は、月田に対して意外さを感じた。


 これまでの彼であったなら、一発逆転を狙う奇抜なネタで勝負してきただろう。


 しかるに、あえて基本を持ってきたところに、月田がヤスに漫才のイロハを教えようとしている様子が見て取れた。


 正直、漫才のクオリティは低い。


 セリフは棒読み、間の取り方もできていない。


 さながら学芸会の出し物みたいであるが、それでも半月前まで犬猿の仲のようであった二人が同じ方向に歩んでいるのを感じ、ほっこりした気分になる鉄太。


 チラリと開斗の方を伺うと、彼も同様に口元が緩んでいた。


 ただ、そう思ったのは彼らだけであった。


 月田とヤスのバックグラウンドを知らない客にしてみれば、聞く価値もない下手くそな漫才でしかない。


 特にサラリーマンの客二人は「オモロないぞ」とか「引っ込め」などとヤジを飛ばし始めたのだ。

次回、11-2話 「漫才は、オモロイ仕事言うたけど」

つづきは10月30日、土曜日の昼12時にアップします。

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