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笑いの方程式 大漫才ロワイヤル  作者: くろすけ
第四章 歓迎会
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4-2話 カイちゃん、刀、しまってや

「自分のツッコミは、コークスクリューツッコミっすわ」


 どのようなツッコミをするのかという鉄太の問いに、月田は、ボクシングのポーズをとって、右の拳を回転させながら突き出してきた。


 どうやら彼も今時めずらしいどつき漫才スタイルのツッコミらしい。


 話を進めるうちに月田が三笑(みえ)県出身であること、高校時代にボクシング部に所属していたこと、笑林寺で一級生の時、相方を何人かコークスクリューツッコミでKOしたせいか、誰もコンビを組んでくれなくなったこと、ピン芸人〈ちゃんぴおん月田〉として活動していること、生計を立てるために建設現場の日雇労働していること、などを知ることができた。


 シャドーボクシングを交えながら、月田は自分のお笑い論について熱く語る。


 鉄太は一応うなずきながら聞いてはいるが、彼の進む道がとても険しいだろうと思った。


 別にバカにしているわけではない。


 笑林寺では客を効率的に笑わせるため、いかに〈笑気〉を拡散させるかを教えられる。


〈笑打〉を〈笑壁〉で弾くことはその一例だ。


 ピン芸人では〈笑気〉の拡散が難しく、月田のような直線的な笑打では狭い範囲の人に笑気を送れても、会場全体を笑気で包むのは至難の技なのだ。


 ただ、このような説明を聞いても、笑気の存在自体に疑問を感じる人は少なからずいるであろう。


 しかし、思い出してほしい。テレビを見ていて違和感を覚えたことはないだろうか?


 茶の間で家族がクスリと笑う程度のネタに、なぜスタジオの観客らが大爆笑できるのかと。


 落語などで同じ演目のはずなのに、どうして笑わせられる人と笑わせられない人がいるのだろうかと。


 それこそが笑気である。


 例えるなら、ボケが可燃性ガス、ツッコミが火花、笑気は酸素といったところであろうか。笑気はそれ自体で笑わせる力はないが、笑いを大きくすることができる。


 笑気を操ることができれば、それほど面白くないことを言っても、人を大笑いさせることができるのだ。



「……って言うか、アイツら軟弱すぎやねん! ちょっとパンチがアゴ先かすめたぐらいで、失神しくさるとか……先輩どう思います? 

――鉄壁って呼ばれてた先輩だったら、自分のコークスクリューツッコミ耐えれる思いますねん。ええやろ? 一発だけでええんで、ツッコませてーな」


 歓迎会が始まってから約二時間。薄めた酒でも酔いが回ってきた月田が、先輩に使う言葉とも思われぬ馴れ馴れしい口調で(から)んできた。


(なんじ)、ヒトの相方を欲することなかれ。ワイの目の前で相方を寝取ろうとはええ度胸やな」


 開斗が、笑林寺で教わる漫才師の十戒の一節を口にすると、手入れを終えた刀を月田の首筋に向ける。


 ただ、彼もそこそこ酔っているので、切っ先がユラユラと定まらない。


「カイちゃん、危ないから刀、仕舞ってや」


 鉄太は古傷に障るので、酒は乾杯の時の一杯しか飲んでいない。


 一人だけシラフでいる寂しさを覚えながら、塩味の水道水を飲む。


「霧崎先輩~~。なんでなんすか~~~~。自分とコンビ組んでくれるって言うてましたやん。〈満開ボーイズ〉」


「言うてへんわ。Wツッコミのコンビ漫才なんぞ完全な出オチやんけ。ってか、なんやそのダサいコンビ名。ツッコミが追いつかんわ」


「ダサないっすよ。自分の満作の〝満〟と、霧崎先輩の開斗の〝開〟を合わせて〝満開〟っす。年末の〈大漫〉にもこのコンビ名で申請したんすよ」


「知るかアホ。てか、なんでお前の名前の方が上やねん」


「じゃあ、いいっすわ。三人で出ましょう。自分と霧崎先輩の二人でツッコミますんで、鉄壁先輩ボケてください。鉄壁先輩がボケたら自分がコークスクリューツッコミしますんで、霧崎先輩は刀でズバ―――ッといって下さい。そしたら客はドッカンすわ」


 誰のドコをズバッとするのか。


 月田の言葉は、〈大漫才ロワイヤル〉での事件を思い出させる。いくら酔っているとはいえ、鉄太は月田のデリカシーのなさに内心腹を立てる。


 そういえば、いつの間にか立岩先輩から鉄壁先輩に呼び方が変わっているのも少し気に障る。


「もう、お開きや。これ以上は他に住んでる人らに迷惑やで」


「お開き! 霧崎店長。アジのお開き入りましたー」

「へい、よろこんでー」


 月田はパンチを放ち、開斗は刀を振るう。


 両名とも当てるつもりがないことは分かっているが、酔っぱらっているだけに危なくてしかたがない。


 これ以上は本当にヤバイ。


 鉄太は、狂乱の(うたげ)を強制的にシメるため、漫才師ならではの手段をとる。


「いいかげんにせい! もう、アンタらとはやってられんわ!」


 鉄太がスイッチとなるキーワードを発すると、


『どうも、ありがとうございました!』と全員で唱和した。


 漫才師の習性である。


 その後はまるで()き物が落ちたかのように、二人のテンションが下がって、後片付けが始まった。


つづきは明日の7時に投稿します。

次回、第五章 克服 5-1話「ティッシュ配りのアルバイト」

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